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『指さし』2/2

師匠シリーズ。
「『指さし』1/2」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?216

93 :指さし ◆oJUBn2VTGE:2009/06/21(日) 00:25:25 ID:m2hpAMu/0
ランプの周りを飛ぶ小さな羽虫の音を聞きながら、暗闇に浮かび上がる顔を見つめる。
「全員、その怪談話をした『彼』を指さした」
そう言いながら師匠は、僕の眉間のあたりに指を向け、ついでその指を隠すように握る込む。
「と、言いたいところだが、違う」
なぜなら、と続ける。
「お前は一度も、そのゲームを真剣にやろうとしていない。
 霊の気配を探すなんてことは、恐ろしくて出来ないからだ。
 むしろ、自分の指がそんな場所をさすことを恐れている。
 他の人と同じ方向を指さしてしまえば、本当にそこに霊がいるような恐怖心を抱いてしまう。
 そう思っている。
 だから逆に、何もない場所を指さなくてはならない、という強迫観念にとらわれてしまうことは想像に難くない。
 そしてそれは、ゲームが進むにつれて、その場のみんなの共通意識になっていった……」
師匠の言葉は、揺らぎのない不思議な自信に満ちていた。
「最初に女の子ふたりの指が揃ったあと、たぶんみんなこう思った。
 『もう一度あの方向に揃うのは怖すぎる』と。
 だから意識的に、あるいは無意識にその方向を避けた。
 そしておそらく、その方向から全く離れた場所。
 例えば、反対方向に偶々別の男の子と女の子が指を揃えてしまう。
 そしてみんなは思う。『あそこも駄目だ』と。
 また、指をさせる方位が減る。自然、次に指が揃う確率が上がる。繰り返せば繰り返すほど」
スッ、スッ、と文字を書くにように指を虚空に走らせながら、師匠はプレハブ小屋の中を見回す。
「そして、『彼』が、今の自分たちの置かれた状況とそっくりな怪談を始める。これは反則だ。
 どんなに怖くてもお話の中、というフィルターが外され、怪談が現実を侵食し始める。
 子どもたちの心が、恐怖で満たされていったことは間違いない。
 そうして、たった一つの強迫観念に支配される。
 『次は絶対に他の人と同じ方向を指さしてはいけない』と。
 まして彼の語った怪談の結末である全員が同じ場所をさすなんてことは、絶対にあってはならない」


94 :指さし ◆oJUBn2VTGE:2009/06/21(日) 00:27:30 ID:m2hpAMu/0
師匠は指を下ろし、そのまま頭を垂れた。
「だから、みんな目を閉じたまま考えた。
 絶対に他のみんなが指ささない場所。そんな方向に霊がいるはずがない場所。
 いそうだなんて、思いつかない場所……」
ふいに寒気がした。まさか、師匠には分かってしまうのか?
「そこは、その談話室は、一階にあった。だから……」
師匠は顔を上げて右手を突き出し、そのひとさし指をゆっくりと真下に向ける。
「みんな、下を指さした」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中に鮮明な記憶が蘇った。

女の子の悲鳴。男の子の悲鳴。バタバタとどこへともなく逃げ惑う足音。
全員の指が下を向いたとき、僕は得体の知れない金切り声を耳元で聞いた気がした。
背中に重くて冷たい液体が流し込まれたような気がした。
とにかくその場を離れようとして、誰かにぶつかった。
転んだ僕の目に、蝋燭の前で驚愕の表情を浮かべて硬直する彼の姿があった。
やがて談話室から喚きながら数人が飛び出して行き、その騒ぎを聞きつけて先生が寝巻き姿で走ってきた。
僕らは散々に怒られ、一発ずつビンタを頂戴した。
特に蝋燭を持ち込んだ彼は、先生の部屋に担がれるようにつれていかれてしまった。
怪談話をしていたときの落ち着き払った態度は消え失せ、ごめんなさいごめんなさいと泣き喚いていた。

「よく、分かりましたね」
そう言うしかなかった。改めてこの人は凄い人だと思った。
「おそらく全員の指は、厳密にはバラバラだったはずだ。自分の真下や、畳の上のどこか。
 いずれにせよ、それまでに二人以上が同じ方向を指さしてしまったようには、揃っていなかったと思う。
 でも目を開けて、他の子の指が向いている方向を見たとき、
 みんなの意識は、『下』というその記号だけを認知していた」
そう指摘されて始めて気付いた。確かに指は揃っていなかった。なのに『揃った』と錯覚していた。


96 :指さし ◆oJUBn2VTGE:2009/06/21(日) 00:29:40 ID:m2hpAMu/0
「思い込みの強い子どもに、そのゲームは酷だったな」
師匠は口元だけで笑った。
僕は左腕をさすりながら肩を縮める。あの恐怖体験に、そんな心理トリックが隠れていたなんて……
ふと頭の中に微かな引っ掛かりを覚えた。
あれ?だとすると変だ。
「この世には、説明のつかないことがあるものだなって、言いませんでしたか」
僕の話を聞き終えたあと、確かに師匠はそう言った。しかしその直後、見事に心理的な説明がついてしまった。
あのときにはすべて飲み込んだ言葉のように聞こえたのに。なんだかあっけない。
「誰が、その話のオチのことだって言った?」
師匠がゆっくりと言葉を吐く。その瞬間、ゾクリと肌が粟立った。
ランプのほの明かりの中で首を巡らせて、蜘蛛の巣が煙のように覆っている小屋の四隅に視線をやりながら、
師匠は語り始めた。
「ここは、倒産した土建会社の資材置き場だったらしい。
 それがどうして心霊スポットになったのか、まだ話してなかったな。
 まあ、あっさり言うと、社長がここで首を括ったんだ。そこの柱にネクタイを巻きつけてな」
ランプをそちらに向ける。
なにかおぞましいものでも見たように、僕は思わず身を引いた。
「で、そのあと夜中に小屋の前を通ると、窓の内側に誰か立ってるのが見えるって噂が立った。
 その窓の向こうの人影は、異様に首が長いんだと。
 死んだ社長が浮かばれない地縛霊になって、今もこのプレハブ小屋の中を彷徨ってるっていう話だ」
ところが。と、師匠は一拍置いた。
「社長が首を括った理由を辿っていくと、面白い別の噂に突き当たる」
カタン、とランプを置いて立ち上がった。
ブルーシートから出て、地面の上を円を描くように歩き始める。


100 :指さし ◆oJUBn2VTGE:2009/06/21(日) 00:35:12 ID:m2hpAMu/0
「土建会社が倒産したのは、資金繰りが悪化して不渡りを出したからだが、
 その資金繰り悪化に止めを刺したのが、
 杜撰な設計で始まった地元の自治体の公共工事を、最低制限価格ギリギリで落札してしまったことだ。
 設計の通り行おうとする限り、工期は遅れに遅れ、
 自治体の担当と侃々諤々のやりとりを繰り返しながら、キャッシュフローが目に見えて澱んでくる。
 なんとか工事は終え、自治体からの支払いも完了したが、
 そのころには、土建会社としての足腰はボロボロになっていた。
 そしてその一年後に倒産、という流れになるんだが…… 
 実はその公共工事の最中に、ある事件が起こっていた」
ピタリと師匠は足を止める。
「基礎工事をするために、地面を掘り返していたときのことだ。
 現場監督と数人の作業員が、土の下から、なにかの遺物らしきものを見つけてしまった。
 通常、貝塚やら古代人の遺構なんかの、遺物を見つけた者には、教育委員会に報告する義務が生じる。
 しかしこれが、工事をする会社にはやっかいな代物で、
 一通りの調査が終わるまでは、工事を中断せざるをえないし、
 場合によっては、工事そのものが中止されることもある。
 体力のない中小の土建会社にとっては死活問題だ。
 だから、その報告を現場監督から受けた社長は、遺物発見の事実を隠すことを指示した。
 そしてその掘り起こされた遺物は、密かに別の場所に運び込まれ、埋め直された。
 もちろん。その土建会社の私有地だ。
 すぐあとで、その土地の上に、まるで覆いをするようにプレハブ小屋が立てられる。
 資材置き場として使われていたが、やがて土建会社が倒産の憂き目に会い、社長はそこで首を括って死ぬ…… 
 つまり、ここだ」
師匠は静かに言った。
空気の流れがほんの少し変わったのか、小屋の隅につまれた藁の束から饐えた匂いが漂ってくる。
ゾクゾクとなんだか分からない寒気が、足元から這い上がってきたような気がした。


101 :指さし  ラスト ◆oJUBn2VTGE:2009/06/21(日) 00:38:08 ID:m2hpAMu/0
「一体、掘り出してしまったものは何だったのか、それは伝わっていない。
 この噂自体、工機を動かしていた作業員からの又聞きで、
 土建会社の元従業員たちの間に、密かに囁かれていたものらしい。
 ただ、会社の倒産も社長の死も、その遺物の呪いによるものではないかと噂されている。
 見つけてはいけないものを見つけてしまい、
 それをもう一度埋めてしまうなんていう、とんでもないことをしたからだと。
 社長が首を括ったのが、本社や他の施設ではなく、この山奥の資材置き場だったなんて、
 それだけで因縁めいているじゃないか」
師匠は柱のそばに立って、それを撫でた。社長がネクタイを巻きつけたという柱だ。
「そして、その社長の霊が、未だにここに囚われているというのも、
 底知れない、暗い重力のようなものを感じさせる」
さっきから、遠くなったり近くなったりしながら、耳鳴りのようなものがしている。
僕は耳を塞ぎ、叫びたくなるのを必死で堪え、それでも師匠の口元から目が逸らせない。
何かが立ちのぼってくる。
目に見えない何かが。
「お前は、このプレハブ小屋にまつわる話をまったく聞いてない段階で、
 特にお題もなく怪談話をするのに、わざわざその小学校のころの体験談をした。
 まるで選んだように。
 だから、言ったんだ。この世には、説明のつかないことがあるって」
師匠は足音も立てず僕の前にもう一度座った。

さあ、目を閉じて、指をさそうか

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