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『刀』3/4

師匠シリーズ。
「『刀』2/4」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ10【友人・知人】

351 :刀  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 23:08:08 ID:o7OYvvFV0
「これ以上は今回の依頼内容からは逸脱しますので、別の機会に願いたい所ですが。信じる信じないはお任せします」
師匠はふっと力を抜いた表情を見せて続けた。
「奥様はとてもお綺麗な方ですね。みさこさん、とおっしゃる」
張り詰めた空気が破れ、倉持氏は「失礼」と言って、胸元を押さえたまま部屋を出て行った。
僕も驚いていた。気持ちが悪いものを見る目で師匠を見てしまう。
「どうしてわかるんです」
恐る恐る訊いてみると、師匠は涼しい顔をして言い放った。
「知ってたから」
そんなはずはない。依頼人の名前も今日聞いたばかりだ。
それも師匠自身は約束をすっぽかしたせいで、今の今までその倉持氏とやりとりもしていない。
これは僕の知らない師匠の霊能力なのではないかと、寒気のする思いを味わっていると、
鼻で笑うような言葉が降って来た。
「あのな。こういう霊能力を期待してるような依頼人と会う時は、会う前から情報収集するのがセオリーだよ」
会う前から?そんなバカな。師匠は僕とずっと一緒にいたじゃないか。僕にはそんな情報入っていない。
横から試されているような目で見られていると、ハッと気付いた。
そうだ。事務所から出る時、師匠だけ引き返して行った。あの時だ。
お金の無心をしにいったと単純に思っていたが、もしその所長との交渉が一瞬で終わっていたとしたら、
僕が下でウエイトレスと立ち話をするだけの空白の時間ができることになる。
「今回の依頼って、私の噂を聞いて名指しで来たって言ってたよね。
 自分で言うのもなんだけど、私なんか全然有名じゃないし。
 そんな噂をするのなんて、前に依頼を受けた人に決まっている。
 その中で、日本刀趣味の七十過ぎの爺さんと、交友関係がありそうな人なんて、数が限られるよ。
 というか、もうだいたいそんな噂を広めてるの、あの婆さんに決まってんだけど」


352 :刀  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 23:11:18 ID:o7OYvvFV0
師匠は具体的な名前を一人出した。
以前、心霊現象の関わるある事件を解決してからやたら気に入られてしまい、
感謝と親切心のつもりで、様々な場所で頼みもしないのに宣伝をしてくれているのだそうだ。
「事務所から電話して、その婆さんからできるだけ聞き出した」
つまらなそうに言う。
コールドリーディングじゃなかった。
同じようにエセ霊能力者が良く使う技術で、もっと直接的かつ身も蓋もない裏技。ホットリーディングだったのだ。
そしてその情報を元に、死者の霊との交信を演じて見せたわけか。
凄いと思うと同時に、なんだかやり口が手馴れていて気持ちが悪かった。
この人、その道でもやっていけるんじゃないか、と思ってしまう。

「失礼しました」
襖が開いて、また倉持氏が戻って来た。
薬でも飲んできたのか、多少青ざめてはいるものの、落ち着いた様子だった。
「大変ご無礼を申しました。どうかお気を悪くなさらずに」
僕らよりよりはるかに年長者である老人が頭を下げるのを見て、なんだか後ろめたい気になったが、
おどおどしているわけにもいかない。なるべく無表情を心がけた。
「では、刀を見ても?」
「は、はい。こちらです」
案内を受けて部屋を出、廊下を抜けて別の部屋へ入った。
さっきと同じような造りの和室だが、三、四畳分は優に広い。
そして室内には刀掛台がいくつも並べられており、そのどれにも存在感のある日本刀が飾られていた。
数えると大小あわせて十本。ちょっとした光景だ。
「すぐ戻ります」
倉持氏はなにかに気付いたような顔をして、部屋から出て行った。
残された僕らは、その場に立ったまま刀剣の立ち並ぶ様を眺める。
「なあ、あれ、間違ってるよ」
師匠がおかしそうに指をさすので、なんだろうと思ったが、その先には黒漆の一本掛の台に飾られた一振りがある。


354 :刀  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 23:16:02 ID:o7OYvvFV0
背が反っており、腹にあたる部分が下向きになっている。他の六本はすべて逆に腹を上向きに出っ張らせている。
一つだけ掛け方が異なっているので、間違っていると思ったらしい。
「あれはタチですよ」
小声で注意する。
「え?」
「太刀です。打刀より古い型の武器です。
 馬に乗って戦うことを前提に作られたもので、刃を下にした状態で腰に吊り下げて使います。
 『佩く』って聞いたことあるでしょう?
 いわゆる刀の方は、刃を上にして腰に差します。だから台に掛ける時も、それにあわせてるんです」
「なんで刀は刃が上なの」
「戦さの時だけじゃなくて、武士が普段から持ち歩くものになっていったからですよ」
「持ち歩くとなんで刃が上なの」
「下だと刀身の重みで刃が鞘の内側にあたって痛むからです」
へえ、という顔をして、師匠はしきりに頷いている。
実は適当に言ったのだが、たぶん当たらずとも遠からずのはずだ。
それにしてもと、僕は少し身体を引いた。
当然、それらは茎(なかご)を抜いた状態、つまり裸で並べてあると思っていたからだ。
鑑定と言う言葉のイメージがそうさせたのだが、
しかし確かによく考えてみると、霊能力で鑑定するのだから、柄の内側に隠れている銘など確認する必要はない。
むしろ余計な先入観を与え、鑑定の信憑性を疑う結果になるだけだろう。
この依頼人は、なかなかにしたたかな人物だ。
師匠がその太刀に近づこうとした時に、倉持氏が戻って来た。手に布を持っている。
そう言えば、今日は蒸し暑さのせいで手も汗ばんでいた。
ということは、鞘から抜かせてはくれるようだ。
布を受け取り、汗を拭く。師匠もそれにならう。
「抜いても?」と顔を向けると、老人は無言で頷いた。
僕は左端の、黒く落ち着いた拵えが印象的な一振りを手に取った。
そして鞘を持つ左手を腰に引きつけ右手で柄を握ると、棟を鞘の中で滑らせながら真っ直ぐに抜いた。


355 :刀  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 23:20:39 ID:o7OYvvFV0
刀身を見て、すぐに白いもやの様な線に気付いた。持ち手から斜めに上がっている。
水影だ、と思った。
二度焼きした時に出る線だ。二度焼きは再刃と呼ばれ、その刀の持っていた本来の価値を大きく損なうものだ。
がっかりしかけたが、よく見ると再刃特有の刃紋の濁りもなく、美しい形を保っている。
水影がそのまま映りにつながっているところを見ると、これは逆にそうした趣向なのだと気付かされた。
姿からすると堀川物かも知れない。だとすると案外これは値が張る。
持つ手が少し緊張した。
その隣では師匠が別の刀を手に取り、同じく鞘から抜こうとしている。
しかし危うげな手つきで、しかも胸の前で刀を横にして左右に力を入れて引き抜こうとしていた。
僕は思わず首を振って注意する。
自分の左手の鞘をもう一度腰にあてて、さっきの僕と同じように抜けというジェスチャーをした。
刀身を晒している時は喋らないのがマナーだということは、雰囲気で察してくれたらしい。
師匠は無言のまま、見よう見まねで腰から引き抜いた。
唾がつくと錆の原因にもなるので、刀剣を鑑賞する時には会話は慎むのが普通だ。
そのために、懐紙を咥える習慣さえあったのだ。
刃を上にして抜くのも、鞘の内側に擦らないようにするためだ。
横にして左右に抜くと刃を鞘に押し付ける形になり、鞘も痛めるし刃にも『ひけ』という傷がつくことがある。
こんなに素人とは思わなかったので、ドキドキしながら師匠の動きを注視していたが、
その手に現れた刀身に思わず目が行った。
あまりに滑らかな肌、そして刃紋。
現代刀だ。
木製の漆台も二本掛けで、大小が揃っている。
残された脇差の拵えも全く同じ意匠で、しかも鍔に見覚えのある家紋があしらわれている。
さっきの部屋にあった、桐の箪笥にあった家紋と同じだ。倉持家の家紋なのだろう。
ということは注文打ちに違いない。
ここで僕の頭は回転を早めた。
まずいな。


357 :刀  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 23:24:41 ID:o7OYvvFV0
師匠はこのあとどうするつもりなのだろう。
もしなんの霊感も働かない場合、正直にそれを依頼人に告げるだろうか。
依頼人は、自分のコレクションの中に人を斬った刀があることを望んでいるのだから、
そんな結論にあっさりと納得するだろうか。
安くない料金を興信所に払い、その代償としてお金に代えられない付加価値を見出す、
というのが倉持氏の目的なのだろうから、
逆に、そんな刀はないというお墨付きを得た結果になると、これは酷い意趣返しだ。
もし倉持氏が、そんなことを想定もしていないような短絡的な人物だったなら、面倒なことになりそうだ。
だからいっそ、師匠は霊視まがいのホットリーディングで見せたようなプロ意識と言うか、割り切った考え方をして、
『どうせわかりっこないから』と出まかせを言う可能性があるのだ。
たとえば、『この刀はかつて人の生き血を吸っています』と。
その発言が、もし今持っているその現代刀に対して飛び出してしまうと、実にまずいことになる。
そんなワケないからだ。
けれど師匠はそれを知らない。その刀が最近打たれたものだということを。
せめて家紋に気付いてくれと祈りながら、師匠を横目で見ていると、首を振りながら難しい顔をした。
『違う』
そう言っているようだ。
僕は手の内の刀を一通り鑑賞したあとで鞘に収めた。師匠もそれにならう。
「これらはすべてご自分で?」
師匠の問い掛けに倉持氏は頷いた。
「ええ。若いころからの道楽で、自分で買い集めたものです」
期待するような目を向けてくる。
それから僕らはそれぞれすべての刀剣を抜いた。もちろん一振りだけある太刀も。
どれも高そうなものばかりだった。
しかし、新刀、新々刀、現代刀と、どれも時代や体配が異なり、あまり蒐集物にこだわりは感じられない。
銘が見てみたかったが、とりあえずここは師匠に任せることにする。
「拝見しました」

「『刀』4/4」に続く

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