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『つきまとう女』4/9

「『つきまとう女』3/9」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?215

710 :夜 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 22:58:21 ID:kOT+Y6Db0
夜、俺とジョンはホテルの一室に居た。
「良い部屋でしょ?ここ、社長の従兄弟が経営するホテルなんですよ」
確かに良い部屋だった。地上20階に位置するこの部屋からは、キレイな夜景が見える。
「お兄さん、家族への連絡は済みました?」
「ああ。何て説明したらいいか分からなかったけど、なんとか納得して貰ったよ」
「事が済むまで申し訳ないですけど、お兄さんをここに監禁させてもらいます。
 下手をすると、ご家族にも迷惑がかかりますので…」
俺の家族は、母と姉の二人。父は3年前の秋に、心筋梗塞で死んだ。
父が死んだ時、そばには誰も居なかった。気付いた時には、自宅で孤独死していた。
俺にとって良い父親だった。俺は生涯で最も本気で泣いた。
残された体の弱い母を、俺が守らなくてはいけないのに、今の俺はこの様だ。
本当に情けない。

「なぁ、ジョン。お前にも家族が居るんだろ?」
俺の質問に、ジョンは少し困った顔をした。
「血の繋がった家族は居ません。俺、施設の出なんです。だから…」
「そうなのか。なんか悪いこと聞いちまったかな」
「いえ、俺には家族が居ます。社長や社員のみんなです。
 俺は社長に拾われていなかったら、本当にろくでなしで人生を終えるところでした」
そう言うとジョンは優しく微笑んだ。
「あの女社長、ヒステリックで怖そうな人だったけど、お前の言ったとおり根は良い人なんだな」
「まあ、そうですね。普段はおっかないですけどね。あと…お兄さん」
「ん?」
「あの人、女じゃないですよ」
「え?」
「改造済みです」


711 :夜 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 22:59:02 ID:kOT+Y6Db0
暫く俺は夜景を眺めていた。こんなに落ち着いた環境は久しぶりだ。
ジョンはひたすら、ノートPCで計画書を作成していた。
「なあ、ジョン」
「なんですか?」
「俺のような人間は他にも居るのか?
 こんな風に、訳も分からず取り憑かれてしまう人間が、俺の他にも…」
ジョンは静かに溜息をつく。
「多いですね。でも、お兄さんは運が良い部類に入ります。俺たちと出会いましたから。
 多くの人は、何も出来ずにただ死ぬだけです。
 最初にお兄さんが言ったように、自分がおかしいのだと思い込んで、大概の人は死にます」
ジョンはタバコに火を点け、煙を深く吸い込んだ。
「近年の自殺者数は、年間3万人以上になります。一日に100人は自殺しているのです。
 死因不明や行方不明を含めると、もっと居るのかもしれません。
 社長は言っていました。『日本人の守護霊が年々弱くなっている』と。
 その為、本当に小さな悪霊にも、簡単に取り憑かれてしまう人間が増えた。
 勿論、全部が全部悪霊の仕業とは言えませんが、『これは本当に悲しいことなのだ』。そう言っていました」
「守護霊…か。さっきも言ったが、俺は霊とかには疎い。守護霊ってのは、なんなんだ?」
ジョンはノートPCから手を放し、こちらに振り向いた。
「守護霊と悪霊…同じ霊という字で表現しますが、根本的には全く異なる存在です。
 悪霊は、自分自身の感情と意志に依存し存在します。
 逆に守護霊は、人間の温かい記憶に依存して存在します。
 悪霊の強さは、自身の念の強さに左右され、
 守護霊の強さは、人の温かい記憶よって左右されます」


713 :夜 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 22:59:43 ID:kOT+Y6Db0
「温かい記憶?それはなんだ?」
「優しさですね。人は誰かに守ってもらったり、助けてもらって、優しさを身につけます。
 助け合いの精神です。その精神が、守護霊の力になるのです」
やっぱり俺にはよく分からない。ただ、ジョンが真剣なのは分かる。
「それって何かの宗教か?」
「いえ、社長の受け売りです。俺たちは宗教団体ではないです」
ジョンの言うとおり、日本人の守護霊とやらが全体的に弱くなっているなら、
それは助け合いの精神の欠如が原因か…。
確かに悲しいことではある。
なら俺も、その助け合いの精神が無いが故に、こんなことになってしまったのか。
「お兄さんの守護霊は強いですよ」
「なに?」
「さっきも言いましたけど、お兄さんは本来、死んでいてもおかしくなかった。
 それくらい強烈な奴に憑かれたんです。
 でも、お兄さんは死んでいない。守護霊が守ってくれているんですよ」
「俺の守護霊って…?」
「お父さんですよ。お兄さんのお父さんが、お兄さんを守ってくれています。
 ギリギリの勝負ですけどね。本当に良く頑張ってくれています。
 お兄さんは、良い人に育ててもらったんですね」

それを聞くと、俺は黙って窓の外に広がるキレイな夜景を眺めた。
キレイな夜景が、うっすらとぼやけて見えた。


714 :夜 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 23:00:24 ID:kOT+Y6Db0
夕飯にジョンがスパゲティを差し出した。
「食って下さい。これから先、体力勝負になりますから」
ジョンには申し訳ないが、今の俺に食欲はなかった。
半分ほど手をつけて限界だった。
それを見てジョンは溜息をつく。

俺はこの先の不安で心を締め付けられていた。
訳も分からないままに騒動に巻き込まれ、こうしている。
納得がいかなかった。どうしてこんなことに俺は巻き込まれたのか。
自問自答してもジョンに聞いても、俺の心は納得しなかった。
窓の向こうに見える景色の中では、今も人々が移ろうように流れていく。
かつては俺もあの流れの中に居た。
あの日々に戻りたかった。

思いふけっていた俺の耳に、窓の縁から何かが張り付くような音がした。
音の方向に眼をやると、俺の瞳孔は一気に開いた。
人の手が窓の向こう側に張り付いている。
ここは地上20階。ベランダも無い。人が立てるような場所ではなかった。
そんな場所に人の手がある。俺はジョンの名を叫んだ。
その瞬間、ジョンは俺の前に立ちふさがり、「窓から離れてください!!」と叫んだ。
ジョンは携帯を取ると、どこかに電話し始めた。
俺は窓の手から視線を外せずにいた。
「大丈夫です。俺が居ます。この部屋の中には入って来られません」
震える俺にジョンはそう言った。
その時、ゆっくりと手の主が這いずるように動き出す。
俺は手の主の顔を見た瞬間に、頭を打ち抜かれるような衝撃を食らい絶句した。
手の主は俺だった。


715 :夜 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 23:01:04 ID:kOT+Y6Db0
窓の向こう側に俺がいた。どう見ても俺だった。
俺の頭は完全に真っ白になった。
どうして俺が窓の向こう側に張り付いているんだ。
俺はここに居るのに、窓の向こう側にも俺は居る。俺の頭は完全に混乱した。
「社長、俺です!ジョンです!マズイことになりました!
 ドッペルゲンガーです!お兄さんのドッペルゲンガーが出ました!俺の眼にも見えます!!
 今は窓の外に居ます!!はい!!御願いします!」
ジョンの電話先は社長だった。何かを社長に御願いし、ジョンは携帯を切る。
「お兄さん、あいつに絶対に触れないで下さい!!
 触れたら、俺でも社長でも、お兄さんの命を助けられない!!」
窓の向こう側のもう一人の俺は、激しく狂ったように窓を叩き始めた。
その衝撃音が連鎖するように、部屋中から鳴り響く。
「開けろぉおお!!開けろぉぉおおおお!!」
俺が窓の外でそう叫んでいた。
俺は縮こまりながら、心の中で『止めてくれ、もう止めてくれ!』と何度も叫んだ。
ジョンは「速くしてくれ、速くしてくれ」と呟く。
次の瞬間、ジョンの携帯が鳴り響く。
携帯の着信音に、窓の向こう側の俺は驚いた表情を浮かべると、溶けるように消えていった。
「なんだ!?あれはなんなんだ!?ジョン!?俺が居た!!俺が居たぞ!!!」
怒鳴る俺を無視して、ジョンは携帯で話をしている。
「はい、消えました。有難う御座います。はい…はい…分かりました」
俺はもう何がなんだか訳が分からなかった。


716 :夜 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 23:01:47 ID:kOT+Y6Db0
ジョンはソファに腰掛けると今起きた事態を説明しだした。

「非常にマズイです、お兄さん。
 窓の外に居たお兄さんは、あの女、奈々子が作り出した、お兄さんの分身です。
 あの分身に触れると、確実に死にます。
 俗に言う、ドッペルゲンガーって奴です。
 これは、女がお兄さんを本気で殺しに来た証拠です。
 ドッペルゲンガーの殺傷能力は異常に高いんです。
 多分あの女は、お兄さんをゆっくり苦しめてから殺すつもりだった。
 その方が、お兄さんは強い悪霊として育ち、女にとって役に立つからです。
 でも、俺たちが現れた。だから、早急に殺すことにしたんだと思います。
 実を言うとお兄さんの中に、社長特製のファイアーウォールを仕込んどいたんです。
 普通の悪霊なら、身動き一つ取れなくなるはずです。
 それをあの女は軽々と突破し、お兄さんの分身を作り上げた。
 更に悪い事に、俺はお兄さんの分身を見ようと思って、見た訳ではありません。あの女に強制的に見せられた。
 つまり俺も、いつの間にか女に侵入されていたんです。
 さっきのは、社長に御願いして払いました。今の俺にはあれを払う力はありません。
 俺にとって何よりもショックなのは、
 夢の中ではなく現実の中で、女があそこまでリアルなお兄さんの分身を作り上げ、
 俺とお兄さんの中に、同時に具現化したことです。
 俺はその前触れに全く気付かなかった。
 女が俺の遥か上の存在だという事を、心底思い知らされました」
呼吸を乱しながら、ジョンは悔しそうな表情でそう言った。
俺の体は、未だに震えが止まらなかった。ジョンの話が、更に俺の恐怖心を煽る。

俺はジョンに怒鳴った。
「じゃあ、どうするんだよ!?」
ジョンは俯いた。
「どうしよう…」
そう言うとジョンは、頭を抱えて塞ぎ込んだ。

「『つきまとう女』5/9」に続く

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