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『つきまとう女』3/9

「『つきまとう女』2/9」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?215

688 :虚空 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 21:36:44 ID:kOT+Y6Db0
駅前広場のベンチに座り、虚空を眺めていた。
過酷な環境に耐えかねた俺は、もう考える事も放棄していた。
ひたすら俺は、一週間前に出会った若い男を待っていた。
タバコに火を点ける音がする。いつの間にか、彼が俺の隣に座っていた。
「前に会った時より酷くなってるね、お兄さん。もう限界でしょ?」
若い男は俯きながら、地面に向かって煙を吐いた。
「本当に助けてくれるのか?」
俺はすがる思いで尋ねた。
「まぁ、やれるだけのことはやりたいね。
 このままお兄さん放置してると、死んじまうのは眼に見えてるし。
 それを分かってて死なしちまったら目覚めが悪い」
「何をする気だ?」
「まぁ、付いて来なよ」
そう言うと若い男は、駐車してあった車に俺を乗せた。

暫く車を走らせ、ビルの中に入る。その中に、若い男の事務所があるそうだ。
『○△×探偵事務所』と書かれたビルの一室。ここが若い男の事務所。
「探偵?」
俺がそう呟くと、若い男は「本業はね」と答えた。
事務所の扉を開けると、中には誰も居ない。
「あぁ、今はみんな出払ってるよ。多分、社長は居ると思うんだけどね」
「俺は金なんか持ってないぞ」
「ん~、うちの社長、金にはうるさいけど、根は良い人だし、多分大丈夫」
そう言うと若い男は、奥の『社長室』と書かれた扉の前に進む。
軽く2回ほどノックをすると、中から「どうぞ」と言う返事がした。
扉を開けるとそこには、如何にもキャリアウーマンといった風貌の女が居た。
この女が社長だ。


689 :虚空 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 21:37:24 ID:kOT+Y6Db0
女社長は、俺の顔を見るなり舌打ちをした。
「また、ろくでもない奴を連れて来やがって…」
小声だったが確かにそう言った。あからさまに俺は歓迎されていない様子だった。
「社長、いや、その、あの、えとー、そのー」
若い男がしどろもどろになる。女社長は若い男を睨み付けると、書類を机に叩きつけた。
「あんたねぇ!うちは慈善事業で商売やってんじゃないのよ!!
 こんな金もない奴連れてきて、どうやっておまんま食ってくんだよ!!」
まさに男勝りな怒号だ。
「いや、でも社長わかるでしょ!?この人このままだと死んじゃいますよ!?」
「この馬鹿!!お人好しもいい加減にしろ!!」
うなだれる若い男。どうやらこいつは、本気で俺を助けたいと思ってくれているらしい。
有難い話だが、俺は人に迷惑をかけてまで助けを請うつもりは無かった。
踵を返し、俺は事務所を後にしようとした。
すると女社長が俺を呼び止めた。
「待ちなさいよ、若年性浮浪者モドキ。
 こいつの言うように、あんたはこのままだと死ぬよ。
 どうするつもりだい?」
「さっきから、何で俺が死ぬってはっきり言えるんですか?
 なんか確信する様な事でもあるんですか?
 俺は確かに追い詰められています。
 でも、あなたの言う様に金はありません。
 この若い人に迷惑かけるつもりもないし、俺は出て行きます」
女社長がタバコに火を点け、煙を吐き出す。
「人に迷惑をかけたくないってのは良い心得だ。
 それならそれで、人の役に立ってみる気はないかい?」
「どういうことですか?」
「手は有るって言っているのさ」


690 :虚空 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 21:38:04 ID:kOT+Y6Db0
「ま、まさか社長…」
若い男の顔が青ざめる。
「さっきあんたは私に、『なんの確証があって、自分が死ぬなんて言っているのか』と尋ねたわね」
俺は頷く。
「あんた、どうやら厄介なのに取り憑かれているのよ。
 あんた、首吊っている、薄汚いワンピースの女に心当たりあるでしょ?」
俺は驚いた。その女の事を、今まで誰にも話したことは無い。
「ふふ~ん。驚いているわねぇ。
 まぁ、私も本業は探偵なのだけど、副業で霊能関係の仕事もしているのよ。
 それにしても、良い~顔で驚くわねぇ。ふふ~ん。好きよ、そういう顔」
俺は考えた。本業が探偵で副業が霊能力者?なんて怪しさなのだ。ここに居て良いのか俺は?
でも、あのキチガイ女の事を言い当てた。それも事実だ。
だが、あのキチガイ女は霊なのか?俺の錯覚ではないのか?
「さっき言っていた良い方法って…?」
女社長は苦笑いをする。
「誰も良い方法なんて言ってないでしょ?ただ手は有るって言ったのさ」
「じゃあ、その手というのは?」
「私に除霊を頼むのであれば、最低でも200万はかかる。あんたには、そんな金はない。
 でも、そこの若いのがやるなら話は別よ。
 そいつは霊能者としてはペーペーもいい所。
 だから、そいつの現場実習もかねて除霊をさせてもらうなら…お金はかからない。
 逆にこちらから礼金を払う。ただし、身の保証の類は一切無いけどね」

そう言うと女社長は、微笑みながらタバコを揉み消した。
それを聞いた若い男は、頭を抱えて天を仰ぐと、「オーマイガー…」とだけ呟いた。


691 :虚空 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 21:38:45 ID:kOT+Y6Db0
「いや、社長。俺どうすれば良いんすか?」
若い男の問いかけに女社長は、「はぁ!?」と言い、不機嫌な態度を示す。
「今からクライアントと問診!
 その後に除霊方法を検討し、計画書を書き上げ、明日までに私に提出!!分かったか!?」
「は、はい!!いや、でも、あの、その…」
「いいからさっさと状況を開始しろ。ボケナス!!」

女社長に激高され、追い出されるように俺たちは事務所を飛び出た。
その後、俺たちは喫茶店の中に入る。
「良い店でしょ?ここ社長の店なんですよ」
若い男はそう言うと、慣れた態度で席に座る。
席は個室のようになっていて、周りに会話は届かない。

コーヒーを二人分注文し、若い男はノートPCを広げた。
「じゃあ、お兄さん。これから問診を始めます。用意は良いですか?」
「気になる事があるんだが…」
「なんです?」
「君はさっきまでタメ口だったのに、急に敬語で話すようになった。なんでだい?」
「お兄さんが、俺の正式なクライアントになったからです。
 本当は社長にやってもらいたかったけど、仕方ありません。
 俺が現場実習としてお兄さんの除霊をするなら、会社から人材育成費として予算が出ます。
 お兄さんにも、礼金として2万円支払われます。
 ある意味、金銭的にはこれが最善の方法です。
 ただ、俺も本当にペーペーなので、身の保証の類は一切出来ません。
 でも全力でやります。下手に手を抜けば、俺も死にますから」
そう言うとジョンは、優しく微笑んだ。
「言いたいことはなんとなく分かった。ただ、俺は霊とかそんなことには疎い。
 正直、今回のキチガイ女の事も、俺の精神疾患による幻か錯覚だと思っていたんだ。
 だから急に霊とか、そんな事を言われても戸惑う」


692 :虚空 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 21:39:27 ID:kOT+Y6Db0
「なるほど。じゃあ、少し霊に関して説明します。信じるも信じないも、お兄さんの自由です」
俺は小さく頷いた。と同時に、少し悲しい気分になった。
俺はほんの少し前まで、普通のサラリーマンだった。
それが今じゃ霊だのなんだのと、怪しいことに関わっている。

「先ず、俺たちがクライアントに霊の事を説明するとき、PCを例えに用います」
「PC?」
「そう、PCです。今のお兄さんの状態は、ウイルスに侵されたPCです。
 PCとはお兄さん。ウイルスとは悪霊。つまり、お兄さんの言うキチガイ女の事です」
「また、新しい例えだな」
「悪霊が取り憑く。よく聞くフレーズだと思います。
 では具体的に、人間のどこに取り憑くのか分かりますか?」
俺は黙ってコーヒーに口をつける。
「脳です。悪霊は人間の脳にハッキングすることで取り憑きます。
 そして、脳の中に自分というウイルスを根付かせ、脳を支配することで、
 その人間の内側から幻覚や錯覚を起こし、精神や肉体を破壊していきます。
 個人の脳内での出来事なので、他人には認識する事が難しいです。
 一般的な霊であるならば、人間が生まれつき持っているファイアーウォール=守護霊を突破することは出来ません。
 しかし稀に、強力なハッキング能力を持った悪霊も居ます。
 俺たち霊能者は、ウイルス=悪霊と同様に、人の脳内に侵入することが出来ます。
 霊能力=ハッキング能力です。
 俺たちの仕事は、悪霊=ウイルスに侵された人間の脳に侵入し、駆除=除霊することです」
何がなんだか訳が分からない。
もしかして俺は、関わっちゃいけない世界に足を踏み入れたのか?
そんな気持ちでいっぱいだった。


693 :虚空 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 21:40:07 ID:kOT+Y6Db0
「ここまでで何か質問はありますか?」
若い男はそう言いながら、ノートPCに何かを打ち込んでいた。
「何故その悪霊と言うのは、俺に取り憑いたんだ?俺には何の因縁もない女のはずだ」
若い男はひたすらノートPCのキーボードを叩きながら、質問に答える。
「取り憑いたのは、たまたま、という表現が適切かもしれません」
「たまたま?偶然ということか?」
「はい。たまたま侵入しやすかった。多分それだけです。
 本当の目的は、誰でも良いから自分の中に取り込むことだと思います。
 悪霊は生きた人間を殺して、取り込むことで勢力を拡大させます。
 お兄さんをベースに、更なるグレードアップを狙っているのでしょう」
「何のために?」
「恐らく、孤独の穴埋め。もしくは、恨みの穴埋め。或いは両方。といったところでしょうか。
 そんな事をしても無意味なんですけどね。むしろ逆効果です。
 彼女の穴埋めは、永遠に叶わないです」
「随分自分勝手な、テロリストのような理由だな…。
 もう一つ疑問がある。君は…」
「ジョンでいいです」
「ジョン?」
「仲間内ではそう呼ばれています。本名が言い辛い名前なので」
ジョンか…。昔、うちで飼っていた犬と同じ名前だ。
「じゃあ、ジョン。さっき君は、社長に俺の除霊を言い渡された時に、頭を抱えて『オーマイガー』と呟いたな。
 それと、『下手に手を抜けば自分も死ぬ』と言った。
 それについて説明が欲しい」


694 :虚空 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 21:40:48 ID:kOT+Y6Db0
「あ、聞こえていたんですか?まぁ、なんと言いますか。
 正直に言うと、俺の手に負える相手じゃないと思ったんです」
「手に負えない?」
「お兄さん、心当たりがありませんか?医者、警察官、看護師の3人の男」
俺は驚いた。こいつら何故そんな事が分かるんだ。
「心当たりは…ある」
「そいつらは、お兄さんの言うキチガイ女が、今まで殺してきた人間です。
 今は完全に彼女に取り込まれて、彼らが彼女のファイアーウォールになっているんです」
「殺してきた?」
「そうです。今のお兄さんと同様に取り憑き、苦しめた挙句に殺しました。
 中でも医者との繋がりが強い。恐らく最初の被害者であり、親子だったのかもしれません」
俺は北海道での出来事を思い出していた。
「俺には手に負えないというのは、その3人が理由です。
 社長はお兄さんを見た瞬間に、キチガイ女の姿が見える所まで侵入しました。
 でも俺には、未だに女の姿が見えない。
 ファイアーウォールである3人を見る所までしか侵入できません」
北海道で見た幻。あの病院内で出会ったあの3人も、あの女に殺されているだと?
「仮に強引に彼らを突破しようとしても、彼ら3人に足止めを食らうでしょう。
 その隙に女が俺の中に逆侵入し、今のお兄さん同様、俺にも取り憑くでしょう。
 恐らくそうなれば、俺の命も危ない」
じゃああの時、医者が言った言葉の意味は?奈々子?あの女の名前か?
「方法は考えます。俺もこの商売に命懸けていますから」
社会的に抹殺?私には無理なんだ?孤独を共有?
俺はいっぺんに不可思議な情報を得てしまった為か、頭が混乱していた。


695 :虚空 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 21:41:29 ID:kOT+Y6Db0
「お兄さん?どうかしましたか?」
ジョンの言葉に我に返る。頭が混乱していた。
「なあ、ジョン。仮にこのまま何もせずに放置していたら、俺はどうなる?」
ジョンのノートPCを打つ手が止まる。
「死にますね。事故死、病死、自殺…。
 俺は預言者じゃないので、その先の死因までは分かりませんが。
 キチガイ女は、今まで3人も殺めている。
 非常に危険な女です。殺される可能性は極めて高い…」
俺は頭を抱えた。気が狂いそうだ。
「ジョン…俺が今までにあの女を見たのは2回だ。その時の話をする」

俺はジョンに、北海道での出来事。それと、初めてジョンと出会った日の、夜の出来事を話した。
ジョンは真剣な眼差しで俺の話を聞いていた。
話し終わった後のジョンの第一声は、「予想以上に厄介です」だった。
「そんなに厄介なのか?」
「厄介です…。お兄さん、その病院の中で『これは現実じゃない』という違和感は覚えませんでしたか?」
「違和感は無かった。今でもあれは現実のように感じる」
それを聞いたジョンの顔は、更に深刻な表情に変わる。
「そこまでリアルな病院を、お兄さんの脳に作り上げた。
 しかも、同時に3人をその場に出している。
 これは女…奈々子ですか?
 そいつが、お兄さんの脳をかなり深い部分まで侵食していることと、完全に3人を掌握していることを示しています。
 相当ですよ、これは」
俺は言葉を失った。不意に底なし沼の深みに陥った気がした。
「お兄さん、正直な俺の感想を言います」
「なんだ?」
「今まで良く生きていましたね」

「『つきまとう女』4/9」に続く

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