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『ビデオ 後編』2/3

師匠シリーズ。
「『ビデオ 後編』1/3」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ8【友人・知人】

96 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:31:51 ID:vbLvaS0Q0
デジャヴなのだろうか。違う。北村さんと話した日、バイトがあったからあれは水曜日。
その時、夜景を見たのは確かだ。記憶の混濁ではない。なんなんだ。
俺は混乱していた。
水曜日ということは、一昨日だ。今見ている光景を二日前に、まるで予知したかのように見ていたというのか。
あの夜。俺の瞼の裏には、まるで混線したように、二日後の俺の視界が映し出されていた?
混乱する頭を抱えたまま電車は進む。やがて夜景も見えなくなった。名前も知らない街の光が。

漠然とした不安を抱えたまま、ホームタウンの駅に着いた時には十時近くになっていた。
駅ビルから出ると、駐輪場から自転車を出して来て、のろのろとまたがる。 
足に力を入れると、夜の街の景色がゆっくりと流れていく。
まだ電車に揺られているようなふわふわした感じ。
自転車に乗ったまま半分夢うつつだった気分が吹き飛んだのは、
深夜まで営業しているスーパーの前を通り過ぎてしばらくしてからだ。
まばたきに合わせるように、目の前に光の軌跡が現れた。暗い歩道を自転車で進んでいる時だ。
なにもないはずの目の前の空間に、
さっき通ったばかりのスーパーのケバケバしい明かりが、その光の跡が浮かんでいるのだ。
まただ。瞼の裏に浮かぶ光の幻。今度はたった数分前に通ったスーパーが。
なんだこれは。そんなに疲れているのか。
困惑しながら自転車をこいでいると、また別の光が見えた。闇の中にぼんやりと浮かぶ四角い光。
薬局だ。スーパーから少し先に行った所にある薬局の看板。もちろん、とっくに通り過ぎている。
頭がくらくらする。
なんだこれは。次から次へ。まるで追いかけられているような気持ちなってくる。


101 :本当にあった怖い名無し:2009/02/22(日) 21:40:42 ID:vbLvaS0Q0
追いかけられて?
その言葉がザクリと身体のどこかに刺さった。
誰から?
俺を追いかける理由のあるものから。
脳みそが勝手にその姿を想像しようとしている。灰色のコート。帽子。マスク。手袋。
俺はさっき電車の中で夜景を見た時、『混線』という言葉を思い浮かべた。
現在の視界が、過去の視界と混線したのだと。
だが、その『混線』は、過去の自分のものとは限らないのではないか。
いつか聞いた師匠の言葉が脳裏をよぎる。
『闇を覗く者は、等しく闇に覗かれることを畏れなくてはならない』
昭和期から繰り返される、幾度も蘇る轢死者の潰れた眼球が、虚ろな闇の中からこちらを見ているイメージ。
最初は夜のビルだった。ビデオを見た次の日、あれは火曜日のはず。そのビルに見覚えは無い。
次に見たのは水曜日の夜、夜景だ。それは前原駅からこちらへ向かう途中に存在していた。
その次は、木曜日の昼間見た軽四自動車。自動車が走るのは道路だ。鉄道ではない。
移動している。
もしあの幻視が別の誰かの視界との混線だとするなら、その誰かは明らかに移動している。
水曜日、電車に乗って夜景を見ながら移動していたそれは、どこで電車を降りた?そしてどこの街を彷徨っている?
ドキドキと心臓が鳴る。身体に悪そうな音だ。
思わず自転車に乗ったまま振り返る。追いかけて来るものの影はなにも見えない。
自然とペダルをこぐ足に力が入る。
ハッハッと、自分の息遣いが他人のもののように聞こえる。
木曜の夜はなにも見なかった。金曜、つまり今日の昼間も。
けれど、ついさっき俺は見てしまった。
自分が通りすぎたばかりのスーパーの光を。薬局の看板を。


104 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:43:53 ID:vbLvaS0Q0
それが、誰かの視界だとするならば……
『ついて来ている』
そう考えてしまった俺は、叫びそうになりながら全力疾走した。
こんな訳の分からないことが起こり始めたのは、明らかにあのビデオを見てからだ。
見てはいけないものが映ってしまったあのビデオを。

アパートが見えてきてもスピードを緩めない。ガシャーン、と駐輪場に自転車を突っ込んで、階段を駆け上がる。
自分の部屋の前に立ち、ポケットの鍵をもどかしく取り出すとすぐに中へ飛び込んだ。
内側からドアに鍵を掛け、ずるずるとその場に座り込む。
まばたきをするのが怖い。
なにかそこにあるはずのないものを、その光の跡を見てしまうのがどうしようもなく怖い。
深呼吸を何度か繰り返す。
今日までにあったことがフラッシュバックする。
深呼吸する。
もたもたと這うように流しに向かい、蛇口から流れる水に口をつけて飲む。
腹の中から疲れが押し寄せてくる感じ。
部屋の中に入り、明かりをつける。
何も変わったことはない。
散らかった室内。読みかけの漫画と小説の束。ゲーム機。脱ぎ散らかした靴下。食べたままのカップ麺。
テーブルに重ねられたレンタルビデオ。微かに膨らんだレンタルビデオ店のビニール製の袋。
目が留まった。
テーブルの上に乗せられた、レンタルビデオ店の名前が印字されているその青い袋。
その膨らみから、ビデオテープが一本だけ入っているのが分かる。
おかしい。火曜日に二本みた。くだらないSFとくだらないホラー。
そして水曜日には三本みた。アクションものばかり。


108 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:53:03 ID:vbLvaS0Q0
五本千円で一週間借りているビデオ。
では、あの袋に残っているのはなんだ?
息が荒くなる。視界が歪む。
手が伸びる。自分の手ではないみたいだ。
知りたくない。知りたくない。
そんな言葉が頭の内側で鳴る。けれど手が止まらない。
どぶんと、粘度の高い流体に手を突っ込むようだ。
指先まで意思が伝わるまで時間がかかるような。
生理的な嫌悪感がぞわぞわと皮膚の表面を這い回る。
袋のざらついた感触。指先がその中へ入っていく。プラスティックの角に触れる。掴み、ズルズルと取り出す。
その表面に書かれた文字を見た瞬間、停滞していたような時間が弾けとんだ。
思わず吹き出してしまう。ここでは言えないようなタイトルだ。借りたことをすっかり忘れていた。
いつもは旧作ばかり五本借りるのだが、衝動的にそういうビデオを新作料金で別に借りていたのだった。
今までの恐怖心もすべて消え去って、バカ笑いしてしまった。自分の間抜けさにだ。
だからチャイムが鳴った時も、まるでいつもの感じで気安く「はい」と返事をしながら、ドアに向かったのだ。
笑いを引きずったままで。
けれど、台所の前を通りドアの前に立とうとした瞬間に、その奇妙なものが目の前に見えて足が止まった。
まばたきの間に自分の姿が見えた。ドアの前にドッペルゲンガーが立っていた訳ではない。
そのもう一人の自分の姿の背景には、台所とその向こうの部屋とがある。
視点が反転している。大きな鏡の前に立ったような。けれどその鏡は丸く歪んでいる。
自分の姿も、台所も、端の方は歪んで潰れたようになっている。
丸い視界。今度は光の跡ではなく、視界そのものだ。


112 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:59:56 ID:vbLvaS0Q0
目を開けると、その反転した視界は消える。そして、目の前のドアに釘付けになる。
正確には、そこに開いた小さな覗き穴、ドアスコープに。
何かが動いた気配。
一瞬、スコープの周囲の金具がキラリと光る。外の通路の蛍光灯に反射したのか。
そしてすぐに穴は暗くなる。
誰かいる。
あの丸い穴からこちらを見ている。
まばたきをする。
また自分が見える。
混線した視界があちらの見ているものを俺に見せたように、俺の見ているものをあちらにも見せていたのだろうか。
そして辿られた?
セミが鳴いている。甲高く。耳のすぐそばで。足に鉛が入ったように動かない。
ドアの向こうの気配が強くなる。
ドンドン、とノックが二度。
けれどそれは、変に潰れたような音だった。ドンドン、というよりもベタ、ベタ、とでもいうように。
顔が引きつる。上唇が痙攣する。想像してしまう。
コートの下は、はじめから、バラバラなのかも知れない。
肉片から、肉片へ。死体から、死体へ。
最初から、最後まで、死者のままで。
動けない。金縛りにでもかかったかのように。逃げなくてはならないと、頭のどこかでは分かっているのに。
鈍い音がして、ドアの足元に目が行く。
軽い振動。ドアの下のわずかな隙間から、ゴツゴツとなにかを押し込もうとしているような音。
指を想像する。
そして、やがてそれが、肉がひしゃげるような音に変わる。

「『ビデオ 後編』3/3」に続く

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