師匠シリーズ。
『ビデオ 中編』の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ8【友人・知人】
81 :ビデオ 後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:10:27 ID:vbLvaS0Q0
師匠の部屋を出てから、自転車に乗って街なかをしばらくうろうろしていた。
考えがまとまらない。情報が多すぎる。
官報の無機質な記事の中で、無数の人々の様々な死を追体験した俺は、
人間の死とはなにか、人間の尊厳とはなにか、勝手に浮かんでくるそんな問いの答えをぐるぐると考えていた。
結局、黒谷という師匠の知り合いから買い取ったあのビデオは、
駅員たちの怪談じみた噂話の中にだけ存在していたはずの、奇怪な死者の姿を画面の端にとらえていたものだった。
そして、そのビデオは供養のために寺に持ち込まれた。
なにか変だ。
元駅員の二人から話を聞き、官報まで調べて俺たちはその死者の正体、いや、そのしっぽにたどり着いた。
だから、あのビデオが恐ろしい代物だということを知っている。
けれど、ビデオを撮影した人間にとってはどうだ。
ただ、素人の映像劇の撮影中に偶然撮れた、鉄道事故の瞬間に過ぎない。
確かに気持ちの良いものではないが、そこまで怯えるべきものだろうか。
俺たちは、このビデオがヤバイと聞かされて、積極的に情報を集めたからこそ、サトウイチロウにたどり着いたのだ。
ただの鉄道事故の映像から、同じように情報を辿れるものだろうか。
なにか俺の知らない、別のファクターがあるのかも知れない。
気がつくと駅前まで来ていた。
時計を見る。午後四時半過ぎ。財布を見る。一万円札がチラッと覗く。
「行ってみるか」
あのビデオの舞台である前原駅は多少遠いが、今日中に行って帰れる距離にはある。
さっき師匠の言葉にビビらされた後だというのに、我ながら現金なものだ。
好奇心が恐怖心にもう勝ってしまっている。
というよりも、師匠の話し方の問題なのだという気がする。
あの人は必要以上に俺を怖がらせようとする傾向がある。それに嵌ってしまう俺も俺だが。
84 :ビデオ 後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:15:07 ID:vbLvaS0Q0
キオスクで弁当を買って、ちょうど出発するところだった快速に乗る。
帰宅ラッシュにはまだ少し早い時間だったので、四人掛けの席の奥に座れた。
黙々と弁当をかきこむ。
考えたら、朝からなにも食べていなかった。
ろくに自炊もしてないから、食べることに関しては本当に適当だ。
それから、スーツ姿の人たちや学生服の群れで車内は込み始め、
俺はざわめきの中で、考えごとをしながら心地よい振動に身を任せていた。
一度乗り継ぎをしてから、結局特急料金を払わずに目的地にたどり着いた。
前原駅だ。
本当に田舎じみた周辺の駅よりは多少ましだが、それでも小さな駅だという印象は否めない。
伸びをしてから、一緒に降りた数人の客と改札へ向かう陸橋の階段を上る。
日が落ちかけて、駅の構内は薄暗くなってきている。
改札の前に立ち、両手の人差し指と親指とでフレームを作って移動することしばし。
見覚えのあるアングルを発見する。
ここだ。あのビデオはここから撮影していたのだ。
そう思うと、何故だか分からないけれど身震いするものがある。
ホーム側にちょっと奥まったところだ。この角度では線路は見えない。
画面の端に映っていた、『高遠駅』の矢印も確認する。あの特急列車が向かった駅だ。
そういえば、サトウイチロウにまつわるこの前原駅の事件の一つ前は、高遠駅で発生している。
特急列車の通過する駅の順番と、事件はなにか関係があるのだろうか。
頭の中でうろ覚えの地図を再生するが、事件の発生順と駅の並びには法則性はないようだ。バラバラに起きている。
バラバラ……
その単語を思い浮かべた瞬間、視界の隅、向かいのホームに、灰色のコートが見えた気がして思わずハッとする。
85 :ビデオ 後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:19:24 ID:vbLvaS0Q0
気のせいだったようだ。そんなものはどこにもない。そもそも今は夏なのだ。
全身を覆うようなコートなど、まともな人間が着ているはずはない。
複雑な気持ちでベンチに腰掛ける。俺はなにか起こって欲しいのだろうか。
だいたい、ここにはなにをしに来たのか。
うつむき加減の目の前を、様々な形の靴が通り過ぎる。家に帰るのだろうか。誰も彼も足早に見える。
ふと、以前師匠とやったゲームを思い出す。
雑踏の中で、無数の通行人の足だけを見る役と、顔だけを見る役を決めて、それぞれ別々に通った人を数えるのだ。
通路のようなある程度狭い場所でやっても、不思議なことに計数した数字が異なることがある。
単なる数え間違いのはずなのに、なんだか薄気味の悪い思いをしたものだ。
それから俺は、ベンチから腰を上げて駅の中を歩き回り、
勇気を出して、駅員にサトウイチロウの噂のことを聞いたりした。
けれど、その配属されて一年目だという若い駅員は、その噂を知らなかった。
それどころか、五年前の事故のことも知らなかった。
今いる先輩も、ここ三,四年でやってきた人ばかりだという。
「当時の駅員が、今どこにいるか知りませんか」と聞いてみたが、
「さあ」と、めんどくさそうな答えが返ってくるだけだった。
その事故の時、死体を片付けた人の話を聞けば、なにか分かるかも知れないと思ったのだが、
簡単にはいかないようだ。
『サトウイチロウを片付けたら呪われる』
吉田さんはその死体処理をした数日後に、自家用車の事故で指を三本失う大怪我を負った。
だが、「自分はまだいい」と語る。
なぜなら、一緒に肉片を集めた先輩の駅員は、その一ヵ月後に自宅の鴨居で首を吊って自殺したのだという。
全然そんなそぶりも見せなかったのにと、関係者はみんな首を捻ったけれど、吉田さんだけは思わず念仏を唱えた。
87 :ビデオ 後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:22:35 ID:vbLvaS0Q0
無関係なはずはない。そう思ったのだという。
「片付けたら、呪われる」
ホームの隅のベンチに腰掛け、サイダーの蓋を開けながら口にしてみる。
頭の隅にある引っ掛かりの一つがそこだった。
片付けたら呪われる。あのビデオが寺に持ち込まれた理由がそこにあるのか。
いや、違う。
何故なら、ビデオを撮影していた二人は、死体に触れられなかったはずなのだ。
カメラを持って線路に近づこうとした時点で、駅員に制止されている。
そこから制止を振り切って線路に降り、死体を片付けるなんてことが出来たとは思えないし、
そんなことをする理由もない。
では、なぜビデオは寺に持ち込まれることになったのか。
考える。
死体を片付けていないのに、呪いを受けたというのか。なぜ。
ビデオに撮影したからか。それだけのことで?
いや、待て。何か忘れている。
ビデオでは、コートの人物が線路に落ちるまで、誰もそちらを見ていない。
まるで、そこにいても目に入らないかのように。
そして、特急列車が通り過ぎて轢死体が現れて、初めて騒ぎになったのだ。
そうだ。吉田さんも言った。誰も死ぬ瞬間を見ていないと。あれは、最初から最後まで死者だと。
だから俺も思ったのだ。誰も見ていないはずの死者が、立って動いている姿を自分たちは見た。
それは、とても恐ろしいことではないかと。
同じなのかも知れない。ビデオを撮影した二人も、その瞬間には気づいていない。
けれど後で気づいただろう。家に帰り、テープを再生した時に。
灰色のコートの人物が、ホームの端からふらりと線路に落ちる瞬間を。
92 :ビデオ 後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:27:18 ID:vbLvaS0Q0
ただそれだけのことで。見たという、ただそれだけのことで、彼らの身に何かあったのだとすると。
本人ではなく身内だとすると、年齢からして母親と思われる女性が、寺に供養を頼みに来たのだとすると。
まるで、忌まわしい遺品を処理するようではないか。
見たという、ただそれだけのことで。
そんなことを考えていると、ベンチに触れている腰のあたりにじっとりと汗をかいてきた。
俺も見た。
風が止んでいる。
どこからか、ひぐらしの鳴く声が聞こえる。
すっかり暗くなり、人影もまばらな駅の構内に、その声だけが通り抜けていった。
それから俺は、やけに疲れた足を引きずるように帰りの電車に乗った。
現地に来たものの、ほとんど収穫と言えるものはなかった。
動き出した電車のガタガタと揺れる窓を見ながら、頬杖をついて物思いに沈む。
何時に着くだろう。遅くなりそうだ。明日が土曜日でよかった。
もっとも、平日でも関係なしに、バイトや遊びにうつつを抜かす学生なのであったが。
よほど疲れていたのか、気がつくとウトウトしていた。車内は閑散として客の姿もほとんど見えない。
頭を振る。胸騒ぎのようなものを感じた。
そして、今どの辺だろうかと、窓の外に目をやった瞬間だ。
頭の中をゆるやかな衝撃が走り抜けた。その影響はじわじわと心臓付近へ降りてくる。ドクドクと脈打ち始める。
夜景だ。どこかで見たことのある暗闇の中、視界の左右に伸びる光の粒。
窓の外に流れるその光景に目を奪われていた。
あれは北村さんと話した日。寝る前に電気を消した時に見た幻。瞼の裏に映った、そこに見えるはずのない夜景。
全く同じ構図だ。いや、あやふやな記憶が、今この瞬間に修正されていくのか?
分からない。立ち上がりそうになる。
「『ビデオ 後編』2/3」に続く
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