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『貯水池』1/3

師匠シリーズ。
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?177

512 :貯水池  ◆oJUBn2VTGE :2007/09/26(水) 22:42:57 ID:gAYKdkL30
大学1回生の秋だった。
その頃の僕は、以前から自分にあった霊感が、じわじわと染み出すようにその領域を広げていく感覚を、
半ば畏れ、また半ばでは、身の震えるような妖しい快感を覚えていた。
霊感はより強いそれに触れることで、まるで共鳴しあうように研ぎ澄まされるようだ。
僕とその人の間には、確かにそんな関係性があったのだろう。
それは、磁石に触れた鉄が着磁するのにも似ている。
その人はそうして僕を引っ張り上げ、
また、その不思議な感覚を持て余すことのないように、次々と消化すべき対象を与えてくれた。
信じられないようなものをたくさん見てきた。
その中で危険な目にあったことも数知れない。
その頃の僕には、その人のやることすべてが面白半分の不謹慎な行動に見えもした。
しかしまた一方で、時折覗く寂しげな横顔に、
その不思議な感覚を共有する仲間を求める、孤独な素顔を垣間見ていたような気がする。
もう会えなくなって、夕暮れの交差点、テレビのブラウン管の前、深夜のコンビニの光の中、
ふとした時に思い出すその人の顔は、いつも暗く沈んでいる。
勝手な感傷だとわかってはいても、そんな時僕は、
何か大事なものをなくしたような、とても悲しい気持ちになるのだった。

「貯水池の幽霊?」
さして面白くもなさそうに、胡坐をかいて体を前後左右に揺する。
それが師匠の癖だった。あまり上品とは言えない。
師匠と呼び始めたのはいつからだっただろうか。オカルトの道の上では何一つ勝てるものはない。
しかし、恐れ入ってもいなかった。貶尊あい半ばする微妙な呼称だったと思う。
「そうです。夕方とか夜中にそこを通ると、時々立ってるんですよ」


513 :貯水池  ◆oJUBn2VTGE :2007/09/26(水) 22:44:50 ID:gAYKdkL30
その日、僕は師匠の家にお邪魔していた。
築何十年なのか聞くのも怖いボロアパートで、家賃は1万円やそこららしい。
部屋の中に備え付けの台所から、麦茶を沸かす音がシュンシュンと聞こえている。
「近くに貯水池なんてあったかな」
「いや、ちょっと遠くなんですけど。バイト先からの帰り道なんで」
行きには陽があるせいか出くわしたことはない。
「高校のプール10コ分くらいの面積に、周囲には土の斜面があって、
 その周りをぐるっと囲むようにフェンスがあります。
 自転車をこぎながらだと、貯水池は道路から見下ろすような格好になって、
 行きにはいつもなんとなくフェンスのそばに寄って、水面を眺めながら通り過ぎてます。
 それが結構高いフェンスなんですけど、帰りにそのこっち側、道路側に時々出るんですよ」
はじめは人がいると思って避けて通ろうとしたのだが、
横切る瞬間の嫌な感覚は、これまで何度も経験した独特のものだった。
それは黒いフードのようなものを頭からかぶっていて、男か女かも判然としない。
ただ、足元にはいつも水溜りが出来ていて、フードの裾からシトシトと水が滴っている。晴れた日にもだ。
『関わらないほうがいい』
それは信じるべき直感だったが、かといって道を変えるほど素直でもなかった。
それからは、バイト帰りには必ず道の反対側を通るようにしている。
といっても、1車線のあまり広いとはいえない道なので、嫌が応にも横目で見る形ですれ違うことになる。
気分が良いはずはない。
一度師匠をけしかけてみようと虫の良いことを思いついたのだが、
どうやらあまり琴線に触れる内容ではなかったようだ。
正直にナントカシテと言うのも情けない。


514 :貯水池  ◆oJUBn2VTGE :2007/09/26(水) 22:46:52 ID:gAYKdkL30
少しがっかりしながら、3回に1回くらいは向こう側に出ることもあると付け加えた瞬間、
師匠の体の揺れがピタリとおさまった。
「なんて言った?」
「いや、だから、フェンスのこっち側の時と、向こう側の時があるって話です。立ち位置が」
師匠は首を捻りながら「へぇえ」と言った。
僕は大学の授業で習っている中国語のピンインのようだと、見当違いなことを思った。
第四声だったか。下がって上がるやつ。
「物理的な実体を持たない霊魂にとって、フェンスという障害物なんてあってもなくても同じだから、
 こっちか向こうかなんて、大した違いはなさそうに思えるかも知れないけど……
 実体を持たないからこそ、“ウチ”か“ソト”かっていうのは不可逆的な要素なんだ。
 場についてる霊にとっては特にね」
だから地縛霊って言うんだ。
師匠はようやく乗り気になったようで、声のトーンが上がってきた。
「なにかあるね」
体の揺れの代わりに、左目の下を触る癖が顔を出した。そこには薄っすらとした切り傷の跡がある。
興奮してきた時には、なぜか少し痒くなるらしい。何の傷かは知らない。
じっと見ていた僕に気づいて、師匠は「嫁にもらってくれるか」と冗談めかして言う。
とにかく、その貯水池に夜になったら行ってみようということになった。
しかし、僕にとっては思った通りの展開だと、手放しで喜ぶわけにはいかない。
なにか得体の知れない不気味な気配が、貯水池の幽霊の話から漂い始めているような気がしていた。


516 :貯水池  ◆oJUBn2VTGE :2007/09/26(水) 22:48:06 ID:gAYKdkL30
そのあと、師匠が作った夕飯のご相伴に預かったのだが、これが酷い代物で、
なにしろ500グラム100円のパスタ麺を茹でて、
その上に何かの試供品でもらったという、聞いたこともないフリカケをかけただけという、
料理とも言えないようなものだった。
「毎日こんなものを食べてるんですか」と訊くと、「今はダイエット中だから」という真贋つきかねる回答。
家賃も安いし、一体何に金をつかっているのやらと、余計な詮索をせざるを得なかった。

あっという間に食べ終わってしまい、師匠は水っ腹でも張らすつもりなのか麦茶をがぶ飲みし、
トイレが近くなったようだった。
「僕もトイレ借ります」と言って、戻ってきた師匠と入れ違いに部屋を出る。
このクラスのアパートだとトイレは普通、共有なのだろうが、なぜかここには専用のトイレがある。
ただし、一度玄関から外に出ないと行けないという欠陥を持っていた。
生意気に洋式ではあったが、これがおもちゃのようなプラスチック製で、
なるほど、ダイエットでもしていないと、いつかぶち壊れそうな普請だった。
便座を上げて用を足しながら、冬は外に出たくないだろうなあと、
すでに秋も半ばというほのかな肌寒さに、しばし思いを馳せた。

戻ってくると師匠が上着をまとって、「さあ行くか」と立ち上がった。
「雨、降りそうですよ」
「うん。車で行こう」
師匠の軽四に乗り込んだ時には、日はすっかり暮れていた。
そして走り出して100メートルと行かないうちに、フロントガラスを雨の粒が叩き始める。
「稲川淳二でも聞こう」


518 :貯水池  ◆oJUBn2VTGE :2007/09/26(水) 22:50:59 ID:gAYKdkL30
カーステレオからカツゼツの悪い声が流れてくる。
師匠は完全に稲川淳二をギャグとしてとらえていて、
気分が沈みがちな時には、その怪談話をケラケラ笑いながら聞き流してドライブする、というのが常だった。
僕はその頃、まだ稲川淳二を笑えるほどスレてはいなく、
その独特の口調による怪異の描写に少しゾクゾクしながら、助手席で大人しくなっていた。

雨の降り続く中を車は走り、やがて貯水池のある道路にさしかかった。
師匠はギアを2速に落とし、2メートルあまりの高さのフェンスを左手に見ながらそろそろと進む。
雨が車の窓やボンネットに跳ねる音と、ワイパーがガラスを擦るキュッキュッという音がやけに大きく響き、
僕は少し心細くなってきた。
「あれかな」
師匠の声に視線を上げると、車のライトに反射する雨粒の向こうに人影らしきものが見えた。
だんだんと近づくにつれ、それがフェンスの向こう側にいることに気づく。
近くに民家もなく、人通りもない。
そこに雨の中、まして夜に一人で貯水池に佇んでいる人影が、まともな人間だとは思えない。
少なくとも僕の良く知る世界のおいては。

さらにスピードを落として車は進む。
そしてあと10メートルという距離に来た時、意表を突かれることが起こった。
そのフードをすっぽりとかぶった人影が、右手を挙げたのである。
まるで『乗せてくれ』と言いたいかのように。
僕の知る世界において馴染みのある仕草に一瞬混乱し、
次に起こった思いは、乗せてあげないといけないという、至極当然の人間心理だった。
雨の中、困っている人がいたら、たとえタクシーでなくとも乗せてあげるだろう?
その、一見すると正しいように見える着想を口にしたとたん、次の瞬間師匠の一言に掻き消された。

「『貯水池』2/3」に続く

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