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『葉書』1/2


ほんのりと怖い話スレ その52

308 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:01:18 ID:iFR6NYt90
今から3年ほど前の出来事です。
当時付き合っていた彼氏と同棲することになり、
お互い一人暮らししていた部屋を引き払い、マンションに引っ越しました。

引っ越しの片付けが終わり、私が郵便受けにセットするネームカードに名前を書こうとしていたら、
彼が「俺の名前は書かないで」と言うのです。
私は不審に思い、理由を問いただしましたが答えてもらえません。
そのことでちょっとした口論にもなりましたが、彼が頑として譲らないので結局私が折れたのですが、
新聞とくだらないDMくらいしか郵便受けに届くものはなかったので、
そんなことがあったことさえすぐに忘れてしまいました。

同棲を始めて半年ほどたったある日。
朝いつものように新聞を取りに行き、一緒に入っているDMだとかチラシだとかと一緒に持って部屋に戻ると、
戻ってきた私を見て彼が「あっ!」と驚いた声を上げました。
私が「何」と聞く間もないほど素早く、彼は私の手からちょうど一番外側にあった葉書を取り上げました。
「それ何」と聞いても、「なんでもない」としか答えず、
しつこく聞くと、「なんでもないって言ってるだろ!」というようなことを言い、
そのまま寝室に戻ってしまったのです。


309 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:02:22 ID:iFR6NYt90
何なんだと思い寝室の方へ行くと、彼が誰かと話している声が漏れ聞こえました。
そんなに高いマンションではないから、ドア越しに部屋の中の声が少し聞こえてしまうのです。
彼は恐らく電話をしているようで、「さぁちゃん」とか「住所が」とか「また来た」と聞こえました。
女とおぼしき名前が気にはなったけれど、私は仕事へ行かなければならなかったので、無視して会社へ行きました。

仕事から帰ると、彼はまだ帰宅していませんでした。
私は朝の葉書のことを思い出しました。
悪いと思わなかったわけではないけれど、隠し事をされているのが癪だったので、
寝室に置いてある彼のデスクの周りを探してみることにしました。

それは結構簡単に見つかりました。
「なんだこれ」と、私は独り言を言ったのだったと思います。
その葉書には、もちろんマンションの住所と彼の名前が書いてあったのですが、その字が変だったのです。
文字によって大きさはまちまちで、あっちを向いたりこっちを向いたり、
子どもの字と思われるようなものだったのです。
差出人の欄には、『○○さおりより』と書いてありました。


310 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:02:59 ID:iFR6NYt90
彼は一人っ子だから姪っ子はいないし、そんな子どもの知り合いがいるなんて聞いたことがありません。
変だなと思いながら葉書を裏返すと、私はますます意味がわからなくなりました。
葉書の裏面には何も書いてありませんでした。
いえ、正確に言うと、何が書いてあるのか分からなかったのです。
一面、茶色に塗りつぶされていたから。
それは絵の具のようなもので塗りつぶされているらしく、
触っていた人差し指に茶色の粉のようなものが付着しました。
塗りつぶされた葉書というのは、なんだか気味が悪く感じました。
これはいったい何なのだろうと考えていると、玄関の扉が開く音がして、
私はとっさに葉書をポケットにしまい、寝室を出ました。

私は帰ってきた彼の様子がおかしいことにすぐに気がつきました。
部屋に入ってくるときに何度もうしろを振り返ったり、物音がすると異常なまでにびくっと反応したり、
とにかく落ち着きがないというか、何かにおびえているようでした。


311 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:03:45 ID:iFR6NYt90
次の日は休日だったので、どこかへ行こうと提案したのですが、
彼は相変わらず元気がなく、どこにも行きたくない、何も食べたくないと言いました。
私はだんだんイライラしてきて、彼を問い詰めました。
「大体昨日から何なの!さおりって誰!?」
私が怒鳴ると、彼はそれまで俯いていた顔を上げて「見たの?」と聞きました。
私はまずいことを言ってしまったかなと思い、葉書を勝手に見たことを謝りました。
悪気はなかったけど様子がおかしかったから気になったと言うと、彼はその葉書のことを話してくれました。
ここから先は彼から聞いた話です。

彼の両親は共働きだったため、子どもの頃は夏休みになると、決まってお父さんの実家に預けられたそうです。
その実家というのは北陸の田舎で、ゲームセンターもないような田舎でした。
だけど、彼はそこへ行くのが大好きだったそうです。
近所には彼と年の近い子どもが数人住んでいて、その中でも特に二人の子どもと仲良くなったからです。


312 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:04:20 ID:iFR6NYt90
その二人の友達のことを、彼は「さぁちゃん」と「りゅうちゃん」と呼んでいました。
三人は海へ行ったり、自転車に乗って遠くまで行ったり、夏休みの宿題も少しだけやったり、
毎日のように遊んでいたそうです。
りゅうちゃんと彼は同い年でしたが、さぁちゃんだけは二つばかり年が上だったそうです。
ただ、さぁちゃんは少し身体が弱かったこともあり、背丈は男の子二人よりも小さかったそうです。
さぁちゃんはスプレー式の吸引薬をいつも持ち歩いていたので、
今から考えれば小児喘息か何かだったのだろうと、彼は言っていました。

彼が小学校4年生だった夏休みのある日。
昼間に彼の祖父の家でテレビで怖い話を見ていた3人は、夜に肝試しをすることを思いつきました。
言い出したのはりゅうちゃんでした。
「今から神社に何か宝物を置いてきて、それを夜取りに行こう」
りゅうちゃんはそんなことを言ったのだそうです。


313 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:04:53 ID:iFR6NYt90
恐がりの彼はいやだなと思いましたが、弱虫だと思われたくなかったので、楽しんでいる振りをしました。
ともかく彼らは『宝物』として何を置いてくるか考えたのですが、
人形やおもちゃは無くなっていたら嫌だし、何にしようと考えあぐね、最終的に絵葉書を選びました。
その絵葉書は祖父の引き出しの中から見つけたもので、
「日本風の、女の人を描いた絵葉書だった。竹下夢二じゃないんだけど、そんな感じ」と彼は言っていました。

目的の神社は、彼の祖父の家から自転車で少し行ったところにあったそうです。
3人はいつものように自転車に乗り、葉書を置きに行きました。
その神社はいわゆるお稲荷さんというのでしょうか、
建物自体もそれほど大きくはなく、小さなお賽銭箱と境内があるだけの、ひっそりとしたものだったそうです。
彼らがそこを選んだ理由は、神社やお寺は怖いという、子どもらしい発想だけでした。
心霊スポットになっているわけでも、いわくゆえんがあるわけでもない、普通の神社だったのです。


314 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:05:45 ID:iFR6NYt90
神社に着いた彼らは葉書を隠しておく場所を探し、
最終的にはりゅうちゃんの提案で、
お賽銭箱の向こうにある境内の廊下(?)の板と板の隙間に、立てて差し込んでおくことになりました。

3人はわいわい騒ぎながら神社の敷地を出たのですが、
自転車に乗ろうとすると、さぁちゃんがついてきていませんでした。
さぁちゃんは彼らから10歩ほど後ろで、振り返って境内の方を見ていたようです。
「さぁちゃん、行こうよー」
こちらに背を向けたさぁちゃんに彼らは声をかけましたが、さぁちゃんは振り返りません。
「大丈夫だって、誰もとっていかないよ。だってこの神社、いつも誰もいないじゃん」
りゅうちゃんはそう言って、さぁちゃんをせかしました。
さぁちゃんがいつまでも振り返らないので、彼はなんだか怖くなったそうです。
「さぁちゃん!!」
彼はたまらず大きな声でさぁちゃんを呼びました。
するとさぁちゃんははっと振り返って、二人の方に走ってきました。


315 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:06:39 ID:iFR6NYt90
「早く帰ろう」
彼は自転車にまたがりました。
「うん、だって、神社の中から誰かこっちを見てたよ」
さぁちゃんは困った顔で言いました。
りゅうちゃんは「そんなことないよ」と笑っていましたが、本当は怖かったのだそうです。

「あのとき、やっぱりやめようと言えば良かったんだ。
 葉書なんかどうだって良かったのに、捨ててくれば良かったんだ」
彼はその話をしながら震えていました。
たばこを吸いながら話していたのですが、指先が震えてはらはらと灰が舞いました。
私はティッシュで何度も灰皿の周りをぬぐいました。


316 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:07:09 ID:iFR6NYt90
ともかく子どもたち3人は、親たちが寝静まってからこっそり家を出ました。
怖くなかったのかと聞いてみると、
怖いというより家の者に黙って夜外出するという、初めての冒険のスリルの方が勝っていて、
誇らしいようなどきどきするような、そんな気持ちだったそうです。

夜の神社は、昼見るよりずっと不気味だったそうです。
田舎ですから街灯もまばらで、さらに神社の敷地内はうっそうと木が茂っていたので、
ほとんど光が届かず、いやに境内が大きく見えたそうです。
鳥居からお賽銭箱まではほんの数十メートルの距離でしたが、
木に囲まれた暗い敷地に入るのは、勇気の要ることでした。
りゅうちゃんの持ってきたたった一つの懐中電灯は頼りなく、
彼は汗びっしょりになってさぁちゃんの手を握りしめました。
3人はしばらく手をつないで神社を外から眺め、りゅうちゃんの「行こう」という合図で敷地に入りました。

敷地の中は風の音がより大きく聞こえ、どれも大きな木だというのに、風でぐらぐらとしなっていたそうです。
りゅうちゃんは小さい声で冗談を言って、無理に明るく振る舞おうとしているのが見え見えでした。
さぁちゃんは何も言わずにただついてきました。
彼は心の中で、できるだけ明るい歌を歌っていたそうです。


317 :葉書 ◆.3caeW6ZtI :2008/10/10(金) 21:07:44 ID:iFR6NYt90
お賽銭箱にたどり着くと、りゅうちゃんが「あれっ」と叫びました。
境内の板の隙間に挟んでいったはずの絵葉書が、お賽銭箱の上に置いてあったからです。
「何だよ、やっぱり誰か見てたのかな?」
りゅうちゃんがそう言って絵葉書を手に取り、懐中電灯で照らしました。
「うわぁ!!」
りゅうちゃんは慌てて絵葉書を振り払うようにしました。
彼はりゅうちゃんの落とした絵葉書を拾い上げ、絵のある面を見て血の気が引きました。
絵葉書に描いてあった絵が、真っ赤に塗りつぶされていたのです。

「『葉書』2/2」に続く

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