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『未 本編5』3/3

師匠シリーズ。
「『未 本編5』2/3」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ19【友人・知人】

567 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/22(日) 00:20:25.99 ID:Gxhfsr1T0
師匠の言葉にみんな耳を疑うように唖然としている。
ただ当の和雄だけは、自分の回りを取り囲む幽霊の群れに怯えてそれどころではないようだった。
「お取り込み中みたいだから、かわりに言ってやろうか。おまえが次男だからだよ。
 伝統ある若宮神社は、皇學館の院生である長男の修が継ぐことが事実上決まっている。
 おまえがいずれ家から追い出されることは、自分で言っていたことだ。それまでに手に職をつけなければならない。
 そんな中、幼馴染だった楓が高校を卒業して短大に入り、随分と垢抜けて可愛くなった。
 おいおい。いいんじゃないか。実家は旅館を経営している。なのに、跡継ぎはいない。
 婿に入れば、旅館はいずれ自分の手に入ったも同然だ。将来は安泰、嫁は可愛い。
 母親の女将とも今まで上手く折り合いがついている。最高じゃないか。
 本命は別の女だとしても、ばれなきゃいい。外に女の一人や二人持つのも男の甲斐性だぜ。なあ、そうだろう」
楓は目を剥いて師匠と和雄を交互に見ている。
「おまえがこの家に頻繁に出入りするようになったのは、楓が短大生になってからだと聞いている。
 さっきわたしが覚えておいて欲しいといった期間は、九ヵ月から十ヶ月だ。
 なんの数字だった?幽霊騒動が始まってから今までの期間だよ。
 それはおまえが邪(よこしま)な野望を抱いて、
 この『とかの』にやってくるようになった期間とぴったり重なるんだ。
 もう分かっただろう。
 オカミ神社、つまり栂野神社の宮司の霊が旅館に現れるようになったのは、
 邪心を隠して持って侵入してきた、石坂和雄という異物のことを警告するためだ。
 これが今夜この場に彼らが現れると、わたしが確信していた第二の要因。
 その張本人が、いわば釣り餌としてここにいたことだ」
と、いうわけで。そう言いながら師匠は大袈裟な動作で和雄を指さした。
「複雑怪奇なこの事件、神職ならぬこのわたしに、祓えというなら祓ってやるさ。追い払うっていう手段で」
で・て・け
ゆっくりと一音節ずつ区切って師匠はそう宣告した。
その短い言葉には、一種抗えないような響きを伴っているような気がした。
和雄は自分に触れようとする霊体たちの手を、狭い円の中で必死で避けながら、
「助けてくれ、助けてくれ」と繰り返していたかと思うと、
「わかった。わかったから。出て行くから」と叫んだ。


569 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/22(日) 00:23:08.90 ID:Gxhfsr1T0
「たがえるなよ」
師匠はそう口にしたかと思うと、針の結界を踏み越え、黒い影たちの手を掻い潜り、
懐からハサミを取り出して瞬時に注連縄の一部を切った。
その切られた部分の端が垂れて地面についた瞬間、神主姿の霊たちの姿が掻き消えた。
あれほど濃密だった気配も消滅した。
そのとき、わっ、という耳鳴りが駆け抜けたような気がした。
「円が途切れれば、閉じられた世界は終わる。
 神域を失い、一度散り散りになった霊体が別のアルゴリズムで再び凝集し、現れるまでは時間がかかるだろう。
 出て行くなら今のうちだ」
うずくまって荒い息を吐いていた和雄が、師匠のその言葉を聞いて跳ね起きた。
そして言葉にならない喚き声を上げながら、広間から飛び出していった。
僕らはみんなそれを見ていることしかできなかった。ただ呆然と。悪夢から目覚めたばかりのように。
その中で師匠だけが涼しい顔をして、「一件落着だな」と笑っている。
天井から糸で吊られ、そして一部が切られた注連縄と、針だらけの畳。その針が作り出す円に閉じ込められた人間たち。
そんな異様な大広間の光景が目の前にはある。
しかし、さっきまでそこに存在した異界は、同じ形をした少し奇妙なただの日常へと変貌していた。
そのすべてを操った張本人は、腹が空いたのか右手で胃のあたりを押さえながら、
後ろ手をついて腰を抜かしたままの勘介さんを見つめている。
なにか訴えたげな眼差しで。

「あ、雪だ」
僕は窓の外を見ながらそう呟いた。
夕方から降り続く小雨は、いつの間にか雪に変わっていた。すでに時刻は夜の十二時近くになっている。
僕は改めて師匠にあてがわれた、一階の一番高そうな部屋にお邪魔していた。
そしてそれから、二人でとりとめもない話をしながら酒を酌み交わしている。
とんでもない幕切れとなったこの事件も、一応の解決をみたことになった。この部屋はその褒美というわけだ。
女将は何度も師匠に頭を下げた。「本当にありがとうございます」と。
和雄のことだけではない、様々な憑き物がとれたような表情だった。
代を重ねてもこの地域のよそ者として扱われ、そのことに慣れてしまっていた自分に、今日決別したという顔だった。
最後に「これからも誇りを持ってここで暮らしていきます」とだけ言って、女将は部屋を出て行った。


570 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/22(日) 00:25:16.59 ID:Gxhfsr1T0
勘介さんもやってきた。
遅い夕食はあまり準備ができていなかったので、初日の昨日ほど豪勢とはいかなかったが、
その後で酒を飲み始めた僕らに、何度も手の込んだ酒の肴を作ってきては黙って置いていった。
不器用な彼なりの感謝と、あるいはお詫びの気持ちなのだろう。
楓は姿を見せなかった。俯いたまま大広間から逃げるように出て行ったきりだ。
彼女が負った心の傷は想像するに難くない。それもいつかは時間が癒してくれるのだろうか。
ただ、あの無垢な少女が幸せになって欲しいと、それだけを僕は願った。
一番最後に広子さんが僕らの部屋にやって来た。
バツの悪そうな顔をしてモジモジしている。
「和雄の女癖、知ってたんだろ」
師匠にそう言われて、救われたような顔をした。
「あんな街なかの喫茶店で、やましい関係の女と会ってるなんて、脇が甘すぎだっての。お坊ちゃんだね。
 どうせ知ってる人にはバレバレだったんだろ」
どうやら和雄の女癖の悪さは密かに有名だったらしい。少なくとも広子さんのような情報通の女性たちには。
広子さんも楓にそのことを伝えようか迷っていたようだ。
だけど、和雄もいつかは楓の良さに気づいて、心を入れ替えて真剣に付き合うようになるかも知れない。
そう思うと、若いその芽を摘んでしまうのに気が引けてしまっていたのだそうだ。
「でもまさか、それがこんな騒動になるなんてね」
広子さんは心なしかしゅんとショゲながらも、最後は顔のパーツを中央に寄せてニッコリ笑って見せた。
「絶対また来てね」
そうして手を振って部屋を出て行った。
『こんな田舎、絶対出て行ってやる』と言っていたその口でそう言うのだ。案外ここの暮らしが好きなのかも知れない。
そして今回も、僕はほとんどなんの役にも立たなかった。
助手とは、もっと事件に飛び込んでいって綻びが見えてくるまでかき回す役目ではないのか。
なにからなにまで師匠がやってしまっている。
興信所のなけなしのバイト代では泊まれないような宿に二晩も宿泊して、なかば観光ばかりしていた気がする。
申し訳ない気持ちだ。ましてこんなクリスマスなんかに、師匠と二人でなんて。
ハッとした。そうだ。今日は二十五日だった。忘れかけていた。


571 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/22(日) 00:28:05.67 ID:Gxhfsr1T0
そう思って見ると、窓の外に降る雪にも、ジングルベルの響きが聞こえてくるような風情があるではないか。
「ホワイトクリスマスですね」
ぼそっとそう言ったが、師匠はお猪口を片手にほんのり赤い顔をしてカーテンを開け放した窓の外を見ながら、
ふん、と鼻で笑った。
「クリスマスってのは、二十四日の日没から始まって二十五日の日没で終わるんだ。言わなかったか?」
そうだっただろうか。じゃあ今はもうクリスマスという特別な時間ではないということか。
なんだか妙な符合を感じた。
今夜の暮れ六つで、現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の境界を越えたように、
ちょうどその同じころ、クリスマスとそうでない時間との狭間を越えていたのか。
不思議な気持ちだった。
「そういえばあの時、カナヘビだって言ってましたよね」
女将の子どものころの体験談を聞いた後のことだ。
あれは足があるかないかの違いだけで、蛇は別の生き物になるということを言いたかったのだろう。
「言ったっけなあ」
師匠はとろんとした目で窓の外に目をやっている。酔いも回り、気分が良さそうだった。
「言いましたよ」
僕も自分の言葉などに大した執着もなく、ただぼんやりとそう返して窓の外を見つめていた。
静かだった。田舎の夜だ。都会ではこうはいかないだろう。
ただ音もなく窓一面の深い闇の中に淡い雪だけが舞っている。
しんしんと。
しんしんと。
遠く、近く。ただ窓を向いた顔だけが冷たい。
僕らは窓辺のテーブルに座り、その名前のない夜の風景をいつまでも眺め続けていた。


572 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/22(日) 00:30:08.88 ID:Gxhfsr1T0
匂いの記憶というものは不思議なものだ。
すっかり忘れていた過去が、ふとした時に嗅いだ懐かしい匂いにいざなわれて、鮮やかに蘇ることがある。
僕はその人のいなくなった部屋で一人台所に立ち、爽やかな匂いを放つ石鹸をただ握っている。
すべてが輝いていたあのころの記憶が滔々と流れ、そして消えていった。
手の届かない過去のどこかの引き出しの中に仕舞われていったのだろう。
蛇口からは水が流れ続けている。それが手の甲を滑るように流れ落ちていく。
追憶の残滓が僕の目頭をくすぐる。しかしそこから水は流れなかった。
『おまえ、強くなったな』
いつか、その人はそう言った。
病室のシーツがやけに白かった。
『もう目が見えないんだ。時計を、見てくれないか』
記憶の再生を、止めた。
強くなんかなっていないですよ。
そう答えたのだったか。
もう忘れてしまった。
蛇口を閉じる。水が出るまでは時間がかかるのに、止まるのは一瞬だ。
しばらく佇んだ後、僕はもう一度石鹸を握った。蛇口を捻り、石鹸を両手で挟み直す。
水が流れ出てくるまでの間、僕は両手を擦り合わせる。その人がそうしていたように。
そのわずかな時間。
そっと横目でその光景を見つめていた僕には、祈りのように見えた。
この日本に限らず、世界中のあらゆる民族に雨乞いの風習があった。その作法は様々だ。
しかしたった一つ共通していることがある。それは祈りだ。祈りがいつか大地に雨を降らせる。
その間、人は神と、あるいは自然そのものと一体となり、通うはずのない想いを通わせる。
雨乞いの風習があれば、そこには雨乞いを生業とする人々もいる。オカミを祀る神社の守り手たちのように。
そうした雨乞い師のことを、英語ではレインメーカーと言うそうだ。
そしてその言葉には同時に、弁舌以外なにも持たずに大金を稼ぐ弁護士を指し示す、裏の意味もある。
僕は石鹸を擦る。
様々なペテンと、ほんの少しの隠されたな真実を操って、短い生涯を駆けてきたその人のことを思いながら。


573 :未 本編5  ラスト  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/22(日) 00:32:03.50 ID:Gxhfsr1T0
『雨乞いなんて、降りそうなときにするもんだ』
帰りの電車の中で窓に頬づえをつきながら、少し笑ってそう言った。その人らしい、と思った。
ささやかな壁に区切られた部屋の外を、車が通る音がする。カラカラと、穴のあいたようなマフラーの音を響かせて。
目を落とし、僕は石鹸を擦る。
祈るように。
爽やかな匂いが鼻腔に広がる。
やがて蛇口からは……


『レインメーカー』完

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