従姉妹シリーズ。
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?120
437 :本当にあった怖い名無し:2006/01/28(土) 01:53:32 ID:PMxL+OOaO
俺の親類には怪談好きが多かった。祖母や叔父などは、ねだれば幾つでも話してくれたものだ。
中でも俺のお気に入りだった語り部は、年上の従姉妹だった。
この人が変わり者で、普段は無口だが、気が乗れば話し巧みに、オカルト色たっぷりの怪談奇談を聞かせてくれた。
静かな口調で語られる怪奇は、俺を怖がらせると同時に高揚させ、
聞き入りながら、そこらの物陰に何か潜んでいるような気がしたものだ。
今から話すのは、どこかからの帰り道、夕暮れの中歩きながら従姉妹が話してくれた奇談のひとつ。
従姉妹は子供の頃、線路沿い並ぶ住宅地の一角に住んでいた。
あたりには所狭しと民家や商店が立ち並び、常に何かしらの騒音がしていた。
がらくたをぶちまけたような場所だが、子供にとっては遊び場に困らないところであったようだ。
従姉妹は毎日あちこちを探索して廻った。
トンネルを見つけたのは、そんなある日のことだった。
土手になった線路の斜面に、生い茂る草に隠れるように口を開いた穴。
ひとりで暇を持て余していた従姉妹は、早速入ってみた。
トンネル自体は長さ十メートルに満たない、土手の反対側に繋がる小さなものであったらしい。
トンネル内部はコンクリートで造られ、暑い日でも薄暗くひんやりとしていた。
電車が頭上を通過する以外は、外の世界から隔絶されたように静かで、
従姉妹はそこを気に入り、自分だけの秘密の場所にした。
439 :本当にあった怖い名無し:2006/01/28(土) 01:56:11 ID:PMxL+OOaO
そのトンネルは、通りのすぐ脇にあったにも関わらず、何故だか誰も立ち入らない。
従姉妹がトンネルから外を眺めていても、通りを歩く人たちは一度も気づかなかった。
また、そこにいると、いつも時間が早く過ぎるようで、
日暮れを告げる市役所のチャイムを、うっかり聞き逃すことも珍しくなかった。
ある日、トンネルの壁にもたれ掛かりうとうとしていた従姉妹は、どこからか話し声が聞こえるのに気づいた。
身体を起こすと何も聞こえなくなる。不思議に思いながら、壁に寄りかかると再び声が聞こえた。
壁に耳を当ててみると、先ほどよりはっきり聞き取れるようになった。
それはどうやら、二人の男女の会話らしかった。
女が男に早口で、笑いながら話しかけていた。男も時おり楽しそうな声で応える。
聞き入っているうちに夕方のチャイムがなり、何となく後ろ髪を惹かれる思いでトンネルを後にした。
次の日トンネルに行くと、従姉妹はさっそく壁に耳を当ててみた。やはり聞こえる。昨日と同じ男女の声だ。
今日は男が積極的に話し、女が笑い転げている。すべて聞き取れないのをじれったく思いながら、耳を澄ませた。
それから従姉妹は、毎日そこへ通うようになった。
440 :本当にあった怖い名無し:2006/01/28(土) 01:58:09 ID:PMxL+OOaO
壁の向こうから聞こえる男と女は、どうやら恋愛関係にあるようだった。
日を追うごとに二人の親密さが増していくのが、幼い従姉妹にも分かった。
何故土手に空いたトンネルの壁から、見知らぬ男女の会話が聞こえるのか不思議に思うこともあったが、
そういう場所なのだろうと、子供らしい柔軟さで受け入れていた。
やがて壁の向こうの二人は結婚した。女は仕事を辞め主婦になったようだった。
言い合いをすることもあったが、おしなべて二人は幸せそうだった。
他人ごとながら見守ってきた従姉妹は、それを嬉しく感じた。
相変わらず声は少しだけ遠く、言葉の端々に聞き取れない部分はあったが、
どう試してもそれだけは改善されなかった。
隣りの部屋にテレビがあり、それを聞いているようなもどかしさに近かった。
しかし壁の向こうの幸せな生活は、長続きしなかった。
女が妊娠し、産みたいという女と、まだ子供は欲しくないという男が対立したのだ。
小学生の従姉妹にもその意味は分かり、心苦しく思った。
女がどれほど子供を欲しがっているか、知っていたから。
少しずつ二人には暗雲が忍び寄り、やがてそれは加速度を増し生活全体を覆った。夏の嵐のように、あっという間に。
従姉妹は二人の関係が元に戻って欲しいと願い、耳をそばだて続けたが、
聞こえてくるのは、言い争いと悲嘆の声ばかりになった。
441 :本当にあった怖い名無し:2006/01/28(土) 02:01:11 ID:PMxL+OOaO
ある時、いつものようにトンネルで壁に耳をつけると、女の声だけが聞こえた。
すすり泣くような、高い声で細々と呟く声。
それはこんなことを言っていた。
子供のせいで幸せが崩れたこと、仕事を辞め友人が減り空虚な毎日、そして延々男を呪う言葉を。
従姉妹は、薄暗い台所で独りで呪詛を紡ぐ女の姿を想像して、寒気を覚えた。
その日を最後に、トンネルには二度と行かなかった。
幾日か過ぎ時が経つにつれ、従姉妹は壁の向こうの声を忘れていった。
しかしある夜、布団でうとうとしていた従姉妹は、聞き慣れた声を耳にし飛び起きた。
壁の向こうの声。それが確かに聞こえた。
恐る恐る枕に耳をつけると、女のすすり泣きが伝わってきた。男の罵声も響いてきた。
枕から耳を離すとそれは止んだ。
枕が壁の向こうと繋がったのだろうか。従姉妹はその晩中、まんじりともせず仰向けのまま天井を見つめていた。
次の日、従姉妹は恐ろしいことに気づいた。
枕だけではない。耳に何かを押し当てるだけで、あの声が聞こえるのだ。例え自分の手であっても。
やがて別の声が混ざり始めるようになった。時には老婆の声が、時には少年の声が口々に喋り喚いた。
そしてそのどれもが、陰惨な内容だった。
442 :本当にあった怖い名無し:2006/01/28(土) 02:02:51 ID:PMxL+OOaO
「それからね、私はなにがあっても耳を塞げなくなったの」
そう言って従姉妹は立ち止まった。
もう従姉妹と俺の家の分かれ道まで来ていた。
「今も聞こえるの?」
俺は聞いた。
「ずっと聞こえてる。最近では耳を塞がなくても聞こえるようになったよ。
だからこうして、たまに誰かに話して聞かせるの。
そうしないと、頭が声で溢れかえるから」
従姉妹は話し終えると、「またね」と言って帰っていった。
いつの間にか、辺りには暗闇が迫っていた。道沿いの家からは、夕飯の匂いが漂い始めていた。
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