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『つきまとう女』7/9

「『つきまとう女』6/9」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?215

748 :光 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 00:30:46 ID:j0e1jDQW0
『クライマックス』。ジョンはそう言った。
社長が本丸の男を押さえ、ジョンが俺の除霊をする。
ついにあの女との戦いに、終止符が打たれようとしていた。
俺は吐きそうになりながらも、無理やり胃の中にメシを詰め込んだ。
生きるか死ぬかを超越して、俺は奴らにだけは負けたくなかった。

夕方、ジョンは俺をベッドの上に寝かせた。
「これから何が起こっても、絶対に気持ちだけは負けないで下さい。お兄さん」
ジョンの言葉に俺は強く頷いた。
気持ちだけなら、俺は絶対にあんな奴らに負けない。
ジョンは時計を見ながら深呼吸をすると、「そろそろですね」と言った。
「お兄さん、次に俺の携帯が鳴った時が合図です。
 俺は一気にお兄さんに侵入します。
 恐らく後ろ盾を失った女は、激しく暴れるはずです。
 俺がお兄さんの所に辿り着くまで、持ち堪えて下さい」
俺はジョンの手を握った。
「信じているからな」
ジョンは真っ直ぐに俺を見つめながら頷いた。
その瞬間、ジョンの携帯の着信音が部屋中に響き渡った。


751 :光 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 00:31:26 ID:j0e1jDQW0
気が付くと俺は、見覚えの無い洋館らしき建物の中で、木製の椅子に座らされ、縛り付けられていた。
目の前には下った階段が見える。
俺は建物の中を見渡した。どこも古びた感じがする。
洋館の内部には、夢の中のような違和感が在った。確かに以前より弱い。
俺はゆっくりと眼を閉じた。ジョンが俺を助けてくれる。そう信じていた。
俺の後方に人の気配を感じた。
「キチガイ女か?」
俺は問いかけた。
すると後方の人の気配は、這うように俺の首に腕を巻きつけてきた。
俺は確信した。キチガイ女だ。
「お前が何故こんなことをするのか、今はもうどうでもいい。
 俺はお前から逃げることばかりを考えてきた。本当に怖かった。
 でも、俺はもう一人じゃない。親友が出来た。
 もう、お前は怖くない」
キチガイ女は、強く俺を抱きしめた。
「一緒に居たい…」
俺は頭を横に振った。
「俺は生きている。お前は死んでいる。この差は絶対に埋まらない。
 お前にはお前の欲望があるのかもしれない。
 俺はそれに応える訳にはいかない。俺は生きたいんだ」

俺とキチガイ女の間に静寂が流れる。
キチガイ女は俺に抱きついたまま、静かに泣いていた。


752 :光 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 00:32:08 ID:j0e1jDQW0
泣いているキチガイ女に、以前のような気味の悪さは無かった。
キチガイ女の声は、前に聞いた声と変わらない。
確かにキチガイ女だった。
それでも不思議なくらいに、以前とは印象が違う。
俺は不思議だった。後ろ盾を失って暴れるかと思いきや、キチガイ女は俺に抱きつき、静かに泣いている。
「お前…もしかして…」
俺はそこまで言って言葉を呑んだ。俺にはその先の言葉が言えなかった。
その時、洋館の玄関が静かに開く。
そこにはジョンが居た。
「お兄さん、迎えに来ました」
ジョンはそう言うと階段を昇り、キチガイ女を睨む。
キチガイ女は何もすることなく、俺からゆっくり離れると、ジョンを素通りして階段を静かに降りていった。
階段の下で立ち止ったキチガイ女は、ゆっくりと振り返り俺を見つめた。
女の顔に俺は驚いた。
以前のような禍々しさは無く、キレイな顔だった。
今までとは違う、少女のような切なく悲しい表情が、俺の眼に焼き付いた。
女は踵を返し、振り返ることなく玄関の向こう側に消えていった。
「どういうことだ、あの女…」
俺は呟いた。想像した展開とはあまりにも違う幕切れだった。
「あの女の後ろ盾も、あの3人も消えていなくなりました。
 もう勝ち目は無いと諦めたのでしょう。
 あの女も、お兄さんの中から完全に消えました。俺たちの勝ちです」

ジョンは、この戦いの勝利宣言をした。
しかし、俺の中に歓喜の感情は無かった。


754 :光 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 00:32:49 ID:j0e1jDQW0
俺を椅子に縛り付けていた拘束具をジョンは外した。
椅子から立ち上がった俺の体は、不思議なくらいに軽かった。
俺とジョンは連れ添い、ゆっくりと階段を降りた。
玄関の先には、眩しい程に光が降り注いでいた。まるで希望の光だ。
俺たちは玄関の向こう側に進んだ。
その時、俺の視界の端に人影が見えた。
振り返ったその先には、俺の良く知る人物が立っていた。
「親父…」
親父は静かに頷くと、本当に優しく微笑んだ。
俺の眼からは止め処も無く涙が溢れた。親父の優しい笑顔に涙が止まらなかった。
俺は親父の前で子供のように号泣した。本当に子供のように…。
「お兄さん」
俺はジョンに呼ばれて目覚めた。
地上20階に位置する豪華なホテルの部屋。俺たちは戻ってきた。
「ああ…、長いこと悪い夢を見ていた気分だ。
 でも…最後は良かったよ…。ジョン、ありがとうな」
「いえ、俺だけじゃありません。社長や親父さんも頑張りました。勿論、お兄さんも。
 あの囮作戦の時、お兄さんは敵の手から逃れる為に、ビルから飛び降りましたよね。
 現実じゃないと分かっていても、あんなことを普通は出来ません。
 しかも、敵の本丸に向かって啖呵まで切って。
 そのお兄さんの勇気があればこそですよ」
「いや、俺は…」
そう言って俺は黙り込んだ。俺は一人だったら、とっくに死んでいた。
そして、今も情けないことを考えていた。


755 :光 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 00:33:30 ID:j0e1jDQW0
「なあ、ジョン。あの女のことなんだが…」
ジョンは俺にコーヒーを差し出した。
「言いたいことは判ります。最後に俺もあの女に侵入しましたから…。
 でも、気にしないで下さい。全部、終わったんです」
俺はコーヒーを飲みながら、窓の外に広がる夜景を眺めた。
切ない思いを振り切るように、俺は夜景を眼に焼き付けた。

その後、俺は安堵からか高熱を出し、病院に緊急入院した。
3日間程高熱に苦しんだ後、俺は奇跡的な回復を遂げ、
折れていた左腕の骨も、医者が眼を丸くする程の速さで回復した。
最悪だった体調も完全に復調し、俺は以前の健康な体を取り戻した。

入院中、ジョンが何度も見舞いに来てくれた。こいつは本当に良い奴だ。
最悪と言える騒動の中で、ジョンと出会えたことだけは神に感謝したい。

後日、俺は改めて社長にお礼を言いに行った。
相変わらずのヒステリックぶりで、
俺が感謝の言葉を述べると、
「感謝の言葉より感謝の金をよこせ!」と言ってきた。
ある意味予想通りだったので問題はない。
それから社長に、「絶対に父親の墓参りに行けよ」と言われた。
俺は久しぶりに、家族揃って親父の墓参りに行った。


768 :光 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 00:47:18 ID:j0e1jDQW0
久しぶりに来た親父の墓は、土埃で汚れていた。
俺は予め用意していた掃除用具を取り出し、念入りに親父の墓を磨いた。
「家族を助けてくれてありがとう。守ってくれてありがとう」
そんな気持ちを込めて念入りに磨いた。
母も姉も必死に墓を磨く俺を眺めて、何故そんなに一生懸命に磨くのかと不思議そうにしていた。
俺は母と姉の二人にも掃除道具を渡し、墓磨きに協力してもらった。
心なしか、親父の笑い声が聞こえた気がした。

その後、俺たちは家族でレストランに入った。
久しぶりの家族団欒だった。

食後に俺はトイレに入った。入り口を開け、トイレの中に入る。
そこはビルの屋上だった。
驚いた俺は周囲を見渡す。
俺の視線の先には、あの騒動の本丸の男が、フェンスに寄りかかりながらタバコを咥えていた。
「よお」
気軽な挨拶をすると男は俺に近づく。
「俺に近付くんじゃねぇ!!」
俺は怒鳴った。
「はは、怖いねぇ。そんなに怒鳴るなよ。なにも危害を加える気はねぇよ」
男は尚も俺に近づく。
「なんのつもりだ!?いったい、何しに来た!?」
怒鳴る俺を無視して、男は俺の眼前に立つと、思いがけない言葉を発した。
「事の顛末を知りたくないか?」

「『つきまとう女』8/9」に続く

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