師匠シリーズ。
「『ビデオ 前編』2/3」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ7【友人・知人】
677 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 01:22:21 ID:3TBJnZvS0
今度はもう一つの別の輪郭は見えなかった。何度か目を瞬いたがおかしなものは見えない。
なんだったのだろう。あれは。
瞼の裏に輪郭が映るほど光を発する、もしくは反射するものなんて、天井にぶら下がっている電球以外ないというのに。
目を閉じた瞬間の頼りない記憶を呼び起こす。
ベッドに寝転ぶ前にそんなものを見ていたはずはない。なんだか鼓動が早くなってきた。
電球の横に無数の窓から光の漏れているビルを見ていたなんて。
息を深く吐き、その後、軽く笑うように最後の息が漏れる。
今日見たレンタルビデオにそんなビルが出てきただろうかと考えながら、
疲れた目頭を押さえて電球の紐を手繰った。
次の日も大学の授業があった。一限目、二限目と真面目に出席したあと、昼食をとるために学食へ足を運んだ。
トレーを持って視線を巡らせると、いつもの指定席に師匠の姿を見つける。
「カレーですか」
向かいの席に腰掛けると、彼はスプーンを口に入れたままうっそりと頷く。
学食のカレーのLサイズは、300円でお釣りがくるという低料金にも関わらず、
腹を空かせた学生の胃袋を、そこそこ満足させてくれるボリュームを誇っている。
もちろん味はともかくとしてだ。
「なにか分かりましたか」
俺の問いかけに、しばらく口をもぐもぐ動かしてから水を飲む。
「場所は、分かったよ」
678 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 01:25:50 ID:3TBJnZvS0
「え?あのビデオの駅ですか」
「画面の端に、一瞬だけ次の停車駅が映っている。高遠駅だ。
近隣の路線図を睨んでみたが、該当する駅名があった。間違いないだろう。
その西隣の駅が、北河口駅、東隣が前原駅」
具体的な名前が出てきたが、ここでは駅名やそれに関連する名前は、仮名とした方が無難なようだ。
「ビデオの中では、次の停車駅の高遠駅が、左向きの矢印で示されている。例の電車が向かった方向だね。
そしてビデオを見る限り、向かいのホームには、改札らしきものが見あたらない。
恐らく、改札側から撮影していたんだ。
北河口、前原、両方の駅に電話で確認してみたけど、どちらも改札は南側にあった。
ということは、改札方向から向かって左側は、方角でいうと西ということになるんだから……」
「ビデオが撮影された駅は、東隣の前原駅ですね」
「そういうこと」と、師匠はもう一度スプーンをカレーの中に突っ込んだ。
前原駅か。よく知らない駅だ。県外なのに加え、特急や新幹線では止まらない駅のはずだ。
「他にはなにか分かりましたか」
師匠は口を動かしながら首を横に振った。
俺はついでに、昨日の晩にあった奇妙な体験を話して、意見を求めようかと考えたが、
壁の時計をちらりと見てから、急にカレーを食べるピッチの上がった師匠の様子から、
どうやら急ぎの用があるらしいと思い、控えることにした。
空になったコップを目の前に差し出され、アイコンタクトの必要もなく俺は水を汲みに席を立った。
683 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 01:30:25 ID:3TBJnZvS0
その日の午後はバイトがあった。
駅の地下で洋菓子を売っている店があり、その店で焼く前の生地を作る作業場が、駅の近くにあった。俺の仕事場だ。
いつも行列が出来ている流行りの店であり、店員も若くて可愛い女の子が多かったので、
なにか楽しいことがあるかも知れない、という淡い希望を抱いてバイト募集に応募してみたのだが、
店舗スタッフは全員女性であり、男の俺は当然裏方の製造スタッフに回された。
冷静に考えれば分かることだったはずなのにと、俺は自分の軽率さを恨んだものだった。
ともあれ、そのころの俺は、週に二,三日のペースで小麦粉やバターをこねまわしていた。
その店はJRの関連会社が経営していて、正社員は二人だけ。あとはみんなバイトだった。
その正社員のうちの一人が北村さんといって、以前は駅員をしていたという経歴の持ち主だった。
その日も追加の生地の注文が多く入り、息をつく暇もなく働き続けた。
別の駅にも支店を開いたので、冷凍して運ぶための生地も余計に作らなくてはならず、
大行列の店舗に負けず劣らず裏方もしんどかった。
ようやく店が閉まる時間になり、こちらも片付けと掃除を始める。仲間同士の笑い声が聞こえる穏やかな時間だ。
俺は隣で金属トレーを洗っている北村さんに話しかけた。
「駅員をやってるころに、ホームで自殺した人はいましたか」
「いたいたぁ。掃除もしたよぉ」
ずり落ちそうになる眼鏡を指で上げながら、北村さんは明るく喋る。
四十代も半ば過ぎだったはずだが、そのキャラクターでバイトたちからは愛されていた。
線路での人身事故は悲惨だ。
車輪に巻き込まれて原型をとどめない死体。轢断されて飛び散った肉片。
それらを片付けるのは、駅員の仕事なのである。
684 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 01:33:01 ID:3TBJnZvS0
生存していたら、救急隊員が到着するまで担架に乗せるなどして保護するが、
全身バラバラになっているような場合は、出来る限り体のパーツを集めて白い布で覆っておく。
そうした即死状態の場合は、あとで交通鑑識の現場検証があるまで、救急隊のほうで引き取ったりはしない。
そんな死体のそばにいるのは本当に気持ちが悪く、早いところ警察が来てくれるのを祈ったものだった。
……そんなことを、北村さんはやけに楽しそうに話す。
「特に停車駅だと減速しているから、スパッといかないのよ。巻き込まれてぐちゃぐちゃ。
そんな時はこう、バケツいっぱいに肉をつまんでね、金バサミで入れていくわけよ。
いや、あれはホントに、肉料理は無理だったぁ。にさんにち」
身振り手振りが大きすぎたのか、「喋る間に、手を動かす」と後ろから怒られた。
店長も頭が上がらないバイトのおばちゃんだ。
仕方なく、後片付けをすべて終えてから、控え室でもう一度北村さんに話しかける。
「前原駅?あんまりそっちは知らないなぁ」
俺は師匠と見たビデオの事故のことを説明した。大した期待をしたわけではない。
元駅員の立場からなにか知っていることがないかと、軽い気持ちで聞いたのだ。
すると北村さんは、なにかを思い出した顔をして肩をすくめると、そっと俺の耳に口を寄せてきた。
「サトウイチロウを片付けたら呪われる」
ひそひそとそんな言葉が耳に入る。俺は思わず体を硬くする。
「そんな噂があったのよ」
顔を離すと一転して明るい口調に戻り、眼鏡をずり上げる。
「あっちの方のエリアで、人身事故が多かったらしくてね。それも身元不明の。
なんとかっていうらしいね。無縁仏じゃない、なんか難しい言い方。
まあ、その無縁仏。仏さんの死体を片付けたら、なんか良くないことが起こるって噂が広がってたらしいよ」
噂と言っても、駅関係者の間でだけひっそりと口伝えされる、裏の話だ。
「サトウイチロウって、なんなんです」
688 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 01:35:56 ID:3TBJnZvS0
「ほら、無縁仏だったらさ、名前も分かんないじゃない。だから、みんなサトウイチロウ」
業界用語というやつか。一般人には分からない隠語なわけだ。
映画界では、監督が撮影中に降板した場合など、アラン・スミシーという偽名がクレジットされることがあるそうだ。
ふとそれを思い出した。
「どんな呪いがあるんですか」
北村さんは腕組みをして必死で思い出そうとしていたが、最終的に二カッと笑うと「忘れた」と言った。
かわりに、その噂のことをよく知っている先輩が市内に住んでいるから、知りたければ話を聞きに行くとよい、
と教えてくれた。
「もう引退してるから、多分話してくれると思うよ。日本酒を持っていけば」
俺はその住所を聞いてから、お礼を言った。
もうみんな帰ってしまって、仕事場は俺たちだけになってしまっていた。
腰を上げながら北村さんは言った。
「オバケの話が好きなんだねぇ。ここにも出るらしいよ。
まえ、ここが食堂だった時に、バイトのおばちゃんたちが見たって」
俺はなにも感じなかったけれど、話を合わせて首をすくめた。
仕事場を出て北村さんと別れたあと、駅前で一人ラーメンを食べてから帰途に着く。
途中、百円ショップに寄って、バナナとベビースターを買い込んだ。
それらをお供に、寝転がってレンタルビデオを見るのが至福の時だった。
部屋に帰り着き、風呂に入ってからさっそくビデオをセット。
もうテコでも動かないぞ、という気持ちが沸いてくる。
そのころにはすでに、明日の一限目が始まる時間に起きられるように、
などという殊勝なことはあまり考えなくなっていた。
結局、残りの三本とも見終わったときには、夜中の三時を回っていた。
伸びをしてから目覚ましを手に持ち、何時にセットしようか考えてから、やっぱりめんどくさくなり、
運命に身を任せることにしてベッドに向かう。
691 :ビデオ 前編 ラスト ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 01:39:31 ID:3TBJnZvS0
明かりを消す。
すると目の前に不思議な光が現れた。
いや、光の残滓か。
それは夜景だった。
極小の光の粒が薄く左右に伸びている。まるで、離れた場所から街を見ているような……
すぐに目を開ける。光の幻は消え去る。昨日とまるで同じだ。もう一度目を閉じる。かすかに光の跡が見える。
ギュッと目を瞑ると、一瞬その輪郭が強く浮き出る。
けれど、それもやがて消える。
俺は闇の中で息を殺しながら考える。夜景なんて直前には見ていない。
ビデオを見終わって、すぐにテレビも消した。
もちろん最後に見ていたビデオにも、そんなシーンは出ていなかった。
一本目のビデオに一瞬だけ夜景が映っていたような気がするが、もっと遠景だったし、
なにより、六時間も前に見たシーンが、ずっと瞼に焼き付いていたなんてことがあるとは思えない。
なにか嫌なことが起こりそうな予感がする。
師匠の部屋であのビデオを見てからだ。これは偶然なのか。
『あのビデオ、やばいぜ』
呪いのビデオ?ビデオの呪い?
記憶の影に、もう一度夜景の幻視を覗く。
離れた場所から見た街の光。それは、いつか見た夜の中を走る、電車の窓からの光景であるような気がした。
『サトウイチロウを片付けたら呪われる』
呪われる。呪われる?
なんだろう。訳も分からず、ただ恐怖心だけが強くなってくる。
夜は駄目だ。今だけはなにも起こらないで欲しい。
ベッドの上で身体を縮めて、俺は周囲の気配に耳をそばだて続けた。
「『ビデオ 中編』1/3」に続く
次の記事:
『ビデオ 中編』3/3
前の記事:
『怪物「転」』3/4