師匠シリーズ。
「『怪物「結」上』2/4」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ4【友人・知人】
279 :怪物 ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 02:18:50 ID:ScuN9+/G0
息を切らしてやって来た私に、驚いた顔で店のおばちゃんが近寄って来る。
「なにが要るの?」
その言葉に、息を整えながらようやく私は「はさみ」と言う。
するとおばちゃんは申し訳なさそうな顔になって、「ごめんねぇ。ちょうど売り切れてるのよ」と言った。
想像していたこととは言え、ゾクリと鳥肌が立つ感覚に襲われる。
「誰か、大口で買ってったの?」
「ううん。今週はぽつぽつ売れてて、昨日在庫がなくなっちゃったから、注文したとこ。
明日には入ると思うけど……」
どんな人が買っていったのかと聞いてみたが、若者もいれば年配の人もいたそうだ。
「どうする?明日来るなら取っとくけど」と聞くおばちゃんに、
「いい。急ぎだから他を探してみる」と言って店を出る。
少し足を伸ばし、私は鋏を置いてそうな店を片っ端から見て回った。
店仕舞いをした後の店もあったが、閉じかけたシャッターから強引に潜り込み、「鋏を探してるんですが」と言った。
そのすべての店で、同じ答えが返って来た。
『売れ切れ』と。
最後に私は、一昨日の水曜日に鋏と本を買ったデパートに向かった。
閉店時間まぎわでまばらになった客の中を走り、まだ開いている雑貨コーナーに飛び込む。
中ほどにあった日用品の棚には、異様な光景が広がっていた。
ありとあらゆる日用雑貨が立ち並ぶなか、格子状のラックの一部だけがすっぽりと抜け落ちている。
カッターも、鉛筆も、定規も、消しゴムも、修正液も、ステープルも、
コンパスでさえ複数品目が取り揃えられているのに。
鋏だけがなかった。ただのひとつも。
私はその棚の前に立ち尽し、生唾を飲み込んでいた。
鋏が街から消えている!
いや、消えているのではない。その懐の奥深くに隠されて、使われるときをじっと待っているのだ。
282 :怪物 ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 02:22:53 ID:ScuN9+/G0
それは今日かも知れないし、明日かも知れない。
夢を見ている少女が、母親を殺すことを決めた日に、
私たちはその殺意に囚われて、己の母親にその刃を向けることになるのかも知れない。
どうしたらいい?どうすればいいんだ?
自らに繰り返し問い掛けながら、私は家に帰った。するべきことが見つからない。
けれど、今動かなかったら、取り返しのつかないことになるかも知れない。
どうすればいいのか。するべきことが見つからない。
巡る思考を持て余して、どういう道順で帰ったのかも定かではない。
兎にも角にも帰り着き、玄関からコソコソと入ると母親に見つかった。
「どこ行ってたの。もう知らないから、勝手に食べなさい」
台所にはラップで包まれた料理が置かれている。
食欲は無かったが、無理やりにでもお腹に詰め込んだ。体力こそが気力の源だ。
あまり良くない頭にも、栄養を少しだけでも回さないといけない。
食べ終わってお風呂に入る。
今日は学校が終わってから、休む暇がないほど駆け回っていた。それも、夏日のうだるような暑さの中を。
それでも湯船に浸かることはせず、ほとんど行水で汗だけを流して早々に上がる。
次に入る妹と脱衣場ですれ違ったとき、「お姉ちゃん、お風呂出るの早っ。乙女じゃな~い」とからかわれた。
一発頭をどついてから、自分の部屋に戻る。
ドアを閉め、机の引き出しに入れてあった、愛用のタロットカードを取り出す。
それを手にしたままじっと考える。
時計の音がチッチッチッ、と部屋に響く。濡れた髪がピタリと頬にくっつく。
駄目だな。私ごときの占いが通用する状況ではない。
もっと早い段階ならば、この事態に至るまでにするべきことの指針にはなったかも知れないけれど。
今必要なのは、エキドナを、母親に殺意を抱く少女を、探し出すための具体的な方法だ。
あるいは、探し出さずとも、この事態を解決するだけの“力”だ。
283 :怪物 ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 02:25:49 ID:ScuN9+/G0
私は机の上に放り投げた鞄から、同級生の住所録を取り出す。
今日の昼間、カラフルな地図を完成させるのに活躍した資料だ。
パラパラと頁を捲り、間崎京子の連絡先を探し当てる。
そこに書いてある電話番号をメモしてから部屋を出て、階段を降りてから、1階の廊下に置いてある電話に向かう。
良かった。誰もいない。居間の方からはテレビの音が漏れてきている。
メモに書かれた番号を押して、コール音を数える。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……
『はい』
ななつめかやっつめで相手が出た。聞き覚えのある声だ。ホッとする。良かった。
家族が出たらどうしようかと思っていた。
それどころか、使用人のような人が電話口に出ることさえ想定して、緊張していたのだ。
彼女の妙に気どった喋り方などから、前近代的なお屋敷のような家を想像していた。
そんな家には、きっと彼女のことを『お嬢様』などと呼ぶ、使用人がいるに違いないのだ。
だがひとまず、その想像は脇に置くことにする。
「あの、私、ヤマナカだけど。同じ学年の」
少しどもりながら、あまり親しくもないのにいきなり電話してしまったことを詫びる。
電話口の向こうの間崎京子は平然とした声で、
気にしなくて良い、電話してくれて嬉しい、という旨の言葉を綺麗な発音で告げる。
どう切り出そうか迷っていると、彼女はこう言った。
『エキドナを探したいのね』
ドキッとする。
私のイメージの中で、間崎京子は何度もその単語を口にしていたが、現実に耳にするのは初めてだった。
ギリシャ神話の怪物たちの名前を挙げて、共通点を探せと言った彼女の謎掛けが、
本当にこの街に起こりつつある怪現象を理解した上で、それを端的に表現したものだったのだと、
私は改めて確信する。
いったいこの女は、なにをどこまで掴んでいるのか。
284 :怪物 ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 02:27:07 ID:ScuN9+/G0
母親を殺す夢を見ていないというその彼女が、何故あんなに早い時点で、
街を騒がせている怪現象が、たった一人の人間によって起こされているのだと推理出来たのか。
私のように、あちこちを駆けずり回っている様子もないのに、
怪現象の正体を、恐ろしく強大なポルターガイスト現象だと見抜いた上で、
『ファフロツキーズ』という言葉に振り回されるな、などという忠告を私にしている。
どうしてこんなにまで事態を把握できているのだろう。
「……そうだ。これからなにが起こるのか、おまえなら知っているだろう。それを止めたい。力を貸してくれ」
『なにが起こるの?』
間崎京子は澄ました声でそう問い掛けてくる。
私は儀式的なものと割り切って、今日一日で私がしたこと、そして知ったことを話して聞かせた。
『そんなことがあったの』
面白そうにそう言った後、彼女の呼吸音が急に乱れる。
受話器から口を離した気配がして、そのすぐ後にコン、コン、と咳き込む微かな音が聞こえた。
「どうした」
私の呼び掛けに、少しして『大丈夫。ちょっとね』という返事が返って来る。
今更ながら、彼女が病欠や早退の多い生徒だったことを思い出す。
彼女は私よりも背が高いけれど、線が細く、透き通るようなその白い肌も含め、
一見して病弱そうなイメージを抱かせるような容姿をしている。
そう言えば、今日も早引けをしていたな。
そう思ったとき、つい先ほどの、
駆けずり回っている様子もないのに、どうしてこんなに事態の真相を掴んでいるのか、
という疑問がもう一度浮き上がってくる。
もし。もし、だ。もし彼女の病欠や体調が悪いからという理由の早退が、すべて嘘だとしたならば。
彼女には十分な時間がある。
「『怪物「結」上』4/4」に続く
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