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『なぞなぞ』2/2

師匠シリーズ。
「『なぞなぞ』1/2」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ14【友人・知人】

2 :なぞなぞ  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/21(土) 00:22:00 ID:8knY+Ox40
そうか。
子どもにとっては昼間に誰もいない家だからこそ、
ノックをしてドアの郵便受けからなぞなぞを投げ掛ける、なんていうイタズラができるのだ。
なのに、いないはずの誰かにそのなぞなぞを聞かれている。
これはいったいどういうことだろう。
「答えがないから七不思議なんだろう。
 その702号室のおじさんは、変な噂が立ったせいで奥さんに怒られて、今なぞなぞ禁止になってるよ。
 というか、近所の子どもと遊ぶの自体自粛中」
子どもが好きな人だろうに、少しかわいそうな気がするが、世間体というものがある。
ほとぼりがさめるまで仕方がないのかも知れない。
ほとぼり?
ふと思う。そんなものさめるのだろうか。一度七不思議になったものがそう簡単に。
なにかきっかけになった事件や事故があったとしても、
一度そういう怪談になってしまったものは、延々と子どもたちのコミュニティーの中で一人歩きをし、
生きながらえていくのではないだろうか。
「いや、それがな。
 最近奥さんが仕事を休んでて、家にいるようになったもんだから、
 子どもが昼間来ても、郵便受けからなぞなぞを出した時点で追い返されてる。
 奥さんは怖い人だから、いずれ子どもたちも懲りるだろう」
そうか。それなら確かにほとぼりはさめるかも知れない。
七不思議が消えるのか。
笑ってしまった。
「可笑しいか」
頷く。
「でも、直接本人から聞いた話で、笑えないのがあるんだ」
「本人というは、そのおじさんですか」
「そう。まだ共働きのころ、たまたま仕事を休んでて昼間一人でいたらしいんだ。
 密かに楽しみにしてたのは、
 噂につられた子どもが、実際にドアをノックして、なぞなぞを出してくるんじゃないかってこと。
 もしそんなことがあったら、どうやって脅かしてやろうかとニヤニヤしてたらしい」
「全然懲りてないじゃないですか」

でも、子どもがやってくる気配はない。
それはそうだ。普段留守をしている平日の昼間なら、子どもたちだって学校があるはずだ。
たまたま休校だとか、水曜日で午後は授業がないとか、そういう日じゃないと。


3 :なぞなぞ  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/21(土) 00:25:11 ID:8knY+Ox40
子どもが来そうになかったので、近くのコンビニに買い物をしに行った。
帰って来て702号室のドアの前に立った時、思いついてノックをしてみた。
当然、誰もいないから返事はない。
ドアの郵便受けを親指で押し込んでみる。数センチ幅の隙間ができる。
屈んだまま、子どもの真似をしてなぞなぞを出してみた。
「おじさん、おじさん、松の木の下ではお喋りしたかったのに、桜の木の下まで歩いたら綾取りをしたくなりました。
 な~ぜだ?」
……返事はない。こんな馬鹿なことをしているのが恥ずかしくなって、廊下をキョロキョロしてしまう。
子どもたちはこれのどこを面白がっているんだろうと思いながら、ドアを開けて部屋に入る。
中に誰かいたら嫌だなと思ったけど、もちろん誰もいない。
ホッとして、コンビニで買ったものを袋から出して冷蔵庫にしまっていると、玄関のドアをノックする音が聞こえる。
「はあい」と返事をして、冷蔵庫を後ろ足で閉め、「はい、はい」と言いながら玄関に行き、
サンダルを引っ掛けて、ドアの鍵を外そうと手を伸ばす。
すると視線の下、郵便受けがカタリと鳴る。
外の音がほんの少し流れ込んでくる。ざわざわざわざわ……
あ、これは、と思った瞬間、声が聞こえる。
「おじさん、おじさん、松の木の下ではお喋りしたかったのに、桜の木の下まで歩いたら綾取りをしたくなりました。
 な~ぜだ?」
誰の声だ。鍵を外そうとした手が空中で止まる。
あれ?いつの間に夜になったんだろう。暗い。玄関が暗い。電気。電気をつけないと。
声は続ける。
「答えはね……」
木が変わったから。答えは気(木)が変わったからだ。
心臓が激しく動いている。そのどこかで聞いたことのあるような、低い男の声がささやくように言う。
「答えはね、桜の木の下には、死体が埋まっているから」
……ドカン、とドアを蹴った。声は黙る。
すぐにドアの鍵を外し、開け放つ。光が溢れる。さっきまでまるで深夜のように暗かったのが嘘みたいに。
外には誰もいない。誰かが走り去る気配もない。
なんだ今のは?足がガクガクする。自分の声のようだった。
さっきまでドアの向こうに自分が立っていたのか?
なにがなんだか分からなくて、ひたすら震えていた。

って、いう話。


4 :なぞなぞ  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/21(土) 00:28:51 ID:8knY+Ox40
とおどけてみせるのを、俺は久しぶりにゾクゾクした気持ちで見つめていた。
「怖いですね」
完全に怪談だ。
なぞなぞおじさんという七不思議に出てくる存在が、自分自身とは別個のもののように立ち現れている。
まるで……
そこまで考えたとき、ハッとして横に座る人の顔を見た。
この人の周囲には、『それ』が多すぎる。
かつての自分の体験を記憶の底から呼び覚まそうとして、一瞬意識がこの場所から離れた。
その時だ。
俺の耳は子どもの声を拾った。ぐずるような声。近い。
ゾクリとして、ジャングルジムに視線をやる。
その中に、さっきまでいなかったはずの子どもの姿を見てしまう気がして、顔が強張る。
一秒、二秒、三秒……
俺のその様子を見てその人も緊張したようだったが、やがて俺がなにを考えたか分かったようで苦笑する。
ああ、そうか。
俺はあえて見えない振りをしていたのだ。冷静になれば、なにも怪談話などではないのに。
照れくさくなり、「ちょっとトイレに」と言って立ち上がる。
「あっちにある」

指で示された方へ歩くことしばし。
小ぎれいな公衆トイレを見つけて用を足し、俺はその場で考えた。
行ってみるか。
トイレの前にはC棟という刻印がされたクリーム色の壁がある。A棟は近い。
挙動不審に見られない程度にキョロキョロしながら、何色かに色分けされた舗装レンガの上を歩き、
Aの刻印のある巨大な建物の前に立つ。
玄関でのセキュリティーはなかったので、堂々と正面から入り込みエレベーターに乗る。
『7』を押すと、途中で止まることもなく目的地で扉が開いた。
平日の昼ひなか。太陽の角度の関係か、妙にひんやりした空気が漂っている廊下に出る。
静かだ。ここまで住民の誰とも出会わなかった。


6 :なぞなぞ  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/21(土) 00:34:32 ID:8knY+Ox40
702号室は端の方だ。
壁と良く似た色のドアが並んでいるのを横目で見ながら歩き、やがて702の表示を見つける。
ドアの両脇の壁に自分で取り付けたのか、プラスチックの板があった。
『こどもたちのために禁煙を』
『喫煙は決められた場所で』
そんな活字が黒く刻まれている。
なぞなぞおじさんはどうやら禁煙運動だか嫌煙運動だかを、この団地で推進している人らしい。
団地の集会ではお母さんたちからは支持され、お父さん連中からは煙たがられているに違いない。
俺は小さく笑ってドアをノックする。
しばらく待っても反応はない。やはり仕事に出ているらしい。
ドアノブの横、下目の位置に横長の郵便受けの口がある。色は銀色。
軽く屈んで右手の親指で押してみる。
覗き込んでも部屋の中は見えない。ドアの内側に郵便物を受けるカバーがあるのだ。
少し大きめの声で言う。
「おじさん、おじさん、ヘビースモーカーがある朝、急に禁煙したのはな~ぜだ?」
篭った声が、それでもカバーの向こう側に漏れて行くのが分かる。
けれど室内から人の気配はなく、なぞなぞに答える声もなかった。
しばらく待つ。静寂が耳に響く。
耳鳴りがやって来そうで身構えているが、いつまで経ってもそれは来なかった。
カタリと郵便受けから指を離し、702号室を後にする。
一度廊下で振り返ったが、ほんの少しドアが開きかけている、なんてことはなかった。
A棟の玄関に降り立ち、出来るだけ遠回りして戻ろうと、来た方向の逆へ足を向ける。

なんとか迷わずに元の公園に戻ってくると、その人は逆方向から来た俺に『あれ?』という表情をして、
そしてすぐにニコリと笑った。
「気をつかわせたな」
ちょうど胸元をしまうところだった。
胸に抱いた赤ん坊はさっきまでぐずりかけていたのに、今は満足そうな顔で目を閉じている。
赤ん坊の口をハンカチで軽く拭き、その人は俺に笑いかける。


7 :なぞなぞ ラスト  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/21(土) 00:39:46 ID:8knY+Ox40
「家に寄って行かないか」
その提案に一瞬迷ってから遠慮をした。
「友だちがもう迎えに来ますから」
「そうか、残念だな」と、さほど残念そうでもなく言うと、
その人は赤ん坊に向かって、「あぶぶ」と口をすぼめて見せた。
俺はもう行って来ましたよと、口の中で呟く。
そうしながら、三桁の番号が印字された鍵があのタイミングでポケットから落ちたのは、偶然なのかどうか考えている。

やがてその夢想も、曖昧なままどこかに消え、ただ冬の合間に差し込まれた柔らかい小春日和の公園に立っている。
小春日和にあたる季節を、アメリカではインディアン・サマーと言うらしい。
寒さの本格的な到来の前にぽっかりと訪れる、冬に向けた準備のための暖かな時間。
春でも大げさだと思うが、夏とは凄い例えだ。
その時、ふいに思ったのだ。
数年前、人のいないプールで始まった自分の夏が、終わってしまったのはいつだろうかと。
思えばずっと夏だった。
秋も、冬も、春も、またやって来た夏も。
見たもの聞いたもの、やることなすこと、なにもかも無茶苦茶で、無茶苦茶なままずっと夏だった気がする。
山の中に身を伏せて虫の音を聞いた秋も。寒さに震えた冬の夜の海辺でさえ。
やがて別の世界に通じる扉がひとつひとつと閉じて行き、気がつけば長かった夏も終わっていた。
『夏への扉』という小説がある。
その中でピートという猫は、十一もある家の外へ通じる扉を、飼い主である主人公に次々と開けさせる。
扉の向こうが冬であることに不満で、夏の世界へ通じる扉を探して主人公を急かすのだ。
何度寒さに失望しても、少なくともどれかひとつは夏への扉であると疑わずに。
俺は失望はしていない。そんな別の世界へ通じる扉など、ない方がいいということはよく分かっているからだ。
ただそのころ垣間見たありえない世界の景色に、今さら感傷を覚えることはある。
そんな傷が、胸に微かな痛みをもたらすのだろうか。

「じゃあ、さようなら」
手を振って公園を出る。
その人はベンチから立ち上がり、こちらを見送っている。
これからその人が帰る扉の向こうには、ありふれた生活があるのだろう。七不思議の世界などではなく。
俺はもう一度さようならと呟いて、歩きながらゆっくりと背を向けた。
小春日和のベンチと、ずっと抱いていた遠く仄かな輝きと、そしてかつて愛した夏への扉に。

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[ 2010/11/19 ] 師匠シリーズ | この記事をツイートする | B!


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