師匠シリーズ。
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ10【友人・知人】
332 :刀 ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 22:17:41 ID:o7OYvvFV0
師匠から聞いた話だ。
大学二回生の春の終わりだった。
僕は師匠のアパートのドアをノックした。オカルト道の師匠だ。
待ったが応答がなかった。
鍵が掛かっていないのは知っていたが、なにぶん女性の部屋。
さすがにいつもなら躊躇してしまうところだが、ついさっきこの部屋を出て行ったばかりなのだ。
容赦なくドアを開け放つ。
部屋の真ん中で師匠は寝ていた。
その日、朝方はまだそれほどでもなかったのに、昼前ごろには急に気温が上がり、
昨日の雨もあってか、猛烈に蒸し暑かった。
その部屋はお世辞にもあまりいい物件とは言えず、こういう寒暖差の影響はモロに受ける。
師匠は畳の上うつ伏せのままぐったりして、座布団に顔をうずめている。
僕は靴を脱いで上がると、その側に近寄って声を掛けた。
「……」
なにか応答があったが、モゴモゴして聞き取れない。
「師匠」
もう一度言いながら肩を叩く。
ようやく座布団から顔がわずかながら浮き上がる。もの凄くだるそうだ。
またなにか言った。
耳を寄せる。
「おばけ見る以外、したくない」
はあ?
「ちょっと」
僕はまた座布団に顔をうずめた師匠の身体を揺する。
「これですよ、これ」
そうして左手に下げた紙袋を、ガサガサと頭上で振ってみせる。
「ちょっと。見てくださいよ、これ」
師匠は薄っすらとかいた汗を頬に拭って、顔を半分こちらに向け、眠りかけのうたぐり深そうな目つきでボソリと呟く。
「おばけ以外、見たくない」
334 :刀 ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 22:23:14 ID:o7OYvvFV0
「ええと。
そんな宣言どうでもいいですから、お金下さい。立て替えたお金。
そもそも、ついさっきお遣いを頼んだのはそっちでしょう」
僕はあきれて紙袋から印鑑を取り出すと、またもや顔を座布団にうずめている師匠の前で振って見せたが、
反応がないので首筋に押し付けてやった。
やっべ。赤いものがついた。店で試しに押した時のインクが残っていたらしい。
師匠はようやくその感触にすべてを思い出したのか、深いため息をついて上半身を起こした。
「そうか。頼んでたな。いくらだった」
注文していた印鑑ができてるはずだから取りに行って来いという、お願いというより半ば命令だった。
「高かったですよ」
僕の言った値段に鼻を鳴らして、恨めしそうに財布を探る。やがて決まりの悪そうな顔になった。
「また金欠ですか」
心なしか痩せて見える。
「いや、金が入るあてはあるんだよ。今日だって…………今日?」
財布を探る手を止めて僕の顔を見た。そしてすぐさま電話に飛びつく。
どこかにかけた。相手が出る。
「すんません。忘れてました」
開口一番それだ。
僕は立て替えた印鑑代が戻って来るのか不安になった。
しばらくのやりとりの末、師匠は受話器を置く。頭をかきながら。
「事務所行くの忘れてた」
事務所というのはバイト先の興信所のことだ。名前を小川調査事務所という。
師匠は時どきそこで依頼を受ける。
たいていは、他の興信所をたらい回しにされたあげくにやって来る奇妙な依頼ばかりだ。
そんな奇妙な依頼が、今回は名指しでやって来たらしい。
噂を聞いてのことだろう。
このごろはそんなご指名による依頼が多い気がする。それなりに結果を出しているということか。
335 :刀 ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 22:28:05 ID:o7OYvvFV0
僕はその手伝いをしている。
見よう見まねだが割と面白いので、師匠から声が掛かるのを楽しみにするようになっていた。
「待ち合わせしてた依頼人、帰っちゃったみたいだけど、所長が話聞いてくれたみたいだから、今から事務所行く」
もちろんついて行く。印鑑代もかかっているから。
事務所について早々、所長の小川さんは師匠を叱った。もちろん、待ち合わせをすっぽかしたことについてだ。
こんな小さな興信所では依頼の一件一件が大切な商談だから、
たとえどんな変な依頼でも、割り切って大切に扱わなくてはいけない。
少なくとも依頼人の前では。常にそんな心がけをして欲しい……云々と。
小川さんは飄々としているようで、締めるところは締めている。
師匠はしゅんとなって聞いてたが、適当なところで説教も切り上げられ、話は依頼内容にうつった。
「と言うものの、こいつはどうかな。期待に沿えるかどうか怪しい感じがする」
小川さんは砕けた調子で手を広げて見せた。
依頼人の名前は倉持というそうだ。男性で七十年配の老人。刀剣の蒐集が趣味だという。
依頼はその刀剣についてだった。
「金、持ってそうな名前」と、師匠がぼそりと呟いた。
倉持氏は先日、ある日本刀に関する勉強会に参加した。
勉強会とは言っても、刀剣研究家という肩書きを持つ先生の講義のあと、
それぞれ持ち寄った自慢の一品を見せびらかして、
全員でああでもないこうでもないと、とりとめもない雑談に終始する集まりなのだそうだ。
その中に、よくこうした集まりで顔を合わせる同年輩の男がいて、
いつになく嫌味たらしい表情をしていると思っていると、大事そうに一振りの刀を取り出して口上を始めた。
ものは新々刀、会津の名工、三善長道。慶応のころというので、おそらく八代目。
刃長は二尺七寸五分。幕末らしい長刀で、非常に見栄えのする姿。
小板目の地肌に、刃紋は匂い出来の大互の目乱れ。
337 :刀 ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 22:31:05 ID:o7OYvvFV0
やや研ぎ減りはあるものの、元重ねは三分もあり、迫力に満ちた一振り。
などと実に自慢げだ。
三善長道といえば、初代は会津虎徹と称される最上大業物の名工。
素性の良いものは、おいそれと手が出せない高値がつく。
けれど、時代が下り代が重なれば、『さほど』ではなくなる。
刀身や拵えなどをひっくるめて総合的に見ると、
良い物だとは思うが、それほど自慢したくなるものだろうか、という疑問が湧く。
以前見せびらかしていた河内守国助の方がよほど良い品だ。
そう思っていると、長道を持ってきたその男はこう言った。
「ところがこの迫力、野趣、いったい見栄えだけからくるものだろうか」
なにが言いたいのだろうと、周囲が注目する。
すると男は、この刀の出自に関する話をし始めた。
長々と話したが要約するに、
この三善長道は幕末期に大洲藩のさる家老の家中にあり、そのころ勤皇で固められた藩風のなか、
その家老の身内に、長州の起こした禁門の変に呼応して、私兵により挙兵をしようとした者があった。
八月十八日の政変後の際どい政治情勢のさなか、許されない愚挙であったため、
家老はこれを強く諌めたが聞く耳持たれず、泣く泣く密かに斬り捨てて御家の安泰を図ったという。
その身内の若き藩士を斬った刀が、ここにある三善長道であると告げられて、
勉強会の面々はほおと感嘆の声を上げた。
刀は人を斬るためのものだが、人を斬った刀というものにはなかなかお目にかかれない。
正確には、斬ったという事実を確認できないのだ。なにしろ鑑定書にはそんなものは出てこない。
三善長道を持ってきた男は、これを懇意にしているさる噺家から譲り受けたのだそうだ。
噺家の血筋はその家老に通じており、家宝の刀とともに家中の秘密として、その逸話が伝わっているのだという。
それを聞いた刀剣趣味の者たちは興味津々の体で、口々に目の前の三善長道を褒め称えた。
「そう言われてみると、なるほど他にはない凄みがある」だの、
「刃先からうっすら妖気のようなものが漂ってきている」だのと口にしては、触らせてもらっていた。
339 :刀 ◆oJUBn2VTGE:2009/10/02(金) 22:35:06 ID:o7OYvvFV0
刀剣研究家の先生までもが、「若き血気が志半ばで断たれた怨念が篭っているようだ」と感慨深げに言い出して、
倉持氏は内心気分が良くなかった。
銘は本物でもその逸話の真贋は分かるまいにと思ったが、口に出すことは躊躇した。
この場に水を掛けるのは、いかにも悪者にされてしまいそうで。
会がお開きになり、家に帰ってからも気分が落ち着かないので、
所蔵している日本刀をすべて出してきて並べてみると、
これらの中にも人を斬ったことのある刀が混ざっているのではないか、という思いが湧いてきて、
居ても立ってもいられなくなったのだそうだ。
「それで私か」
「そういうこと」
倉持氏は『オバケ専門』の師匠の噂を聞きつけ、鑑定を依頼してきたのだという。
鑑定!
僕は思わず吹き出しそうになった。
『う~ん、これには無礼打ちされた町人の霊が憑いてますねぇ』などとやるのだろうか。
傍目にも胡散臭いことおびただしい。
「刀のことはあんまり分かんないから、ちょっとな」
師匠は困惑した様子でため息をつく。
「ボクだってそうさ。カタナシってやつ」
小川さんは冗談のつもりなのか判断つきかねる軽口を言って、手のひらを上げる。
「ただ、実際になにか家で変な気配がしたり音がしたり、心霊現象かと思うようなことが起こってるらしいんだ」
「……思い込みだろう」
「さあね。ともかくそういうこともあって、一度専門家に見に来て欲しいんだそうだ」
専門家ねえと肩をすくめながらも、師匠は興味が湧いてきたような目つきをした。
「もう受けたの?」
「後日連絡ってことにしてある」
師匠は考え込むようなそぶりをしながら、思いついたように首を傾げた。
「……三善長道って、なんか聞いたことがあるな」
僕は思わず口を挟む。
「『刀』2/4」に続く
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