師匠シリーズ。
『先生 前編』の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ10【友人・知人】
661 :先生 中編 ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:45:47 4kHIdhSj0
その日は特に陽射しが強くて、やたらに暑い日で、
家で飼っていた犬も地べたにへばりついて、長い舌をしんどそうに出し入れしていた。
それでも僕ら子どもには関係がない。
夏休み学校から帰ってきて昼ご飯をかきこんでから、午後にシゲちゃんたちと合流すると、
裏山に作った秘密基地に連れて行かれた。
そして木切れや布で出来た狭い空間に顔を寄せ合うと、シゲちゃんが神妙な顔で言う。
「こいつももう、俺たちの仲間と認めていいんじゃないか」
僕のことだ。これで何度目だろう。
こんなことをシゲちゃんが言い出した時は、決まって『秘密の場所』に連れて行かれる。
それは沢蟹がたくさんとれる場所だったり、野苺が群生している藪だったり、
カブト虫がうじゃうじゃいる木だったりした。
みんながうんうんと頷くと、シゲちゃんは目を瞑って、
「今日の夜、カオニュウドウの洞窟へ連れて行こう」と言った。
それを聞いた瞬間、みんなビクッとして急にそわそわし始めた。
そして、「今晩は親戚がくるから」だとか、
「家のこと手伝えって言われてるから」なんていう言い訳を並べ立て始めた。
変にプライドが高いタロちゃんがその波に乗れない内に、
シゲちゃんがガシっとその首を腕に抱えて、「おまえはくるよな」と言った。
「え、あ、う……うん」と、明らかに狼狽しながらタロちゃんは頷き、しまったーという表情をした。
シゲちゃんは「へん、臆病もんは置いといて、三人で行こうぜ」と言って僕を見る。
たぶん怖いところなんだろうと思ったけれど、
面白そうという思いが先に立った僕は、ピースサインなんか作って応えていた。
後で後悔するとも知らずに。
その夜、晩御飯も食べ終わり、もう寝ようかというころに、
納屋から懐中電灯を持ち出したシゲちゃんが僕に目配せした後、
子ども部屋の電気を消してから、ソロソロと忍び足で縁側を下りた。
庭の垣根のあいだから抜け出すのだ。こんな時間に遊びに行くといっても絶対に怒られる。
663 :先生 中編 ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:49:05 4kHIdhSj0
どうせ怒られるなら、遊んだ後だ。
前にも夜中にホタルを見に行って、夜明け前に帰ってきて布団に入ったのにしっかりバレていて、
次の日、二人しておじさんにゲンコツを喰らったこともあった。
大人に見つからないように、懐中電灯はつけずに田んぼの中の道を歩く。
田舎の夜はとても暗く月も出てなかったので、なんども躓いてこけそうになりながら、僕たちは山へ向かった。
途中、一本杉のところでタロちゃんと合流し、三人になった僕らは、村の外れの小高い山へ分け入っていった。
ヤブ蚊をバチバチ叩きながら草を踏んづけて進むと、だんだんと心細くなってくる。
シゲちゃんとタロちゃんの二人が持ってきた懐中電灯だけが頼りで、
昼間きても足がすくみそうな、ほとんど獣道に近い山道を恐る恐る登っていく。
道みち教えてくれたカオニュウドウの話は不気味で、
これからそこへ行くのかと思うと、そのままUターンして帰りたくもなったけれど、
そのカオニュドウなるものを見たい、という好奇心がわずかに勝っていたのだろう。
『顔入道』は、この村に古くから語り継がれてきた伝承なのだそうだ。
昔、えらいお坊さんが、山の中で木食(もくじき)をしたあと、
そのまま山中の洞窟で即身仏になったらしいのだけれど、
『入ってきてはならぬ』と言われていたにも関わらず、村の人が即身仏を拝もうとして中に入っていったところ、
途中で急に洞窟の天井が崩れてしまい、その先へ行けなくなってしまったのだそうだ。
その洞窟を塞いでいる崩れた岩がまんまるで、
まるでふくふくとしていた、生前のそのお坊さんの顔のようだというので、
村の人が彼を偲んで岩に絵を描いた。
お坊さんの顔の絵を。
ありがたい即身仏には会えないけれど、その岩に描かれた顔を拝みに、たくさんの村人が洞窟にお参りしたそうだ。
時が経ち、やがてその習慣も絶えて、
一部の物好きだけが時どき興味本位で見に行くだけになったころ、その岩に異変が起こった。
動かないはずの顔の絵が、ある時突然怒りの表情に変わっていたのだという。
それを見た村の若者は、なにか良くないことの起こる前触れではないかと村の仲間に告げたけれど、
相手にされなかった。
664 :先生 中編 ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:52:56 4kHIdhSj0
ところがその年、過酷な日照りが続いて村は飢饉に見舞われ、多くの村人が命を落としてしまった。
いつのまにか元の表情に戻っていた洞窟の顔は、それ以来また村人の畏敬の対象になった。
そして顔入道と呼ばれて、年に数回お祭りとして顔の塗りなおしが行われては、村の吉兆を占なったのだそうだ。
「今でも?」
僕が訊ねるとシゲちゃんは首を振る。
「もうやってない。というか、みんな知らない」と言う。
どうやらその時代も過ぎて、村に人が少なくなった今では、
顔入道のお祭りが廃れたどころか、その洞窟自体ほとんど知られていないのだそうだ。
だからこそ『仲間だけの秘密の場所』なのだろう。
「じいちゃんばあちゃん連中でも、あんまり知らないんじゃないかな」とシゲちゃんは言う。
けれど、どこからかその顔入道の噂を聞きつけたシゲちゃんは、春ごろに実際に見に行ったのだそうだ。
タロちゃんたち数人の仲間と。
「どうだった」
ゴクリと唾を飲んだ僕に、シゲちゃんとタロちゃんは顔を見合わせて、
「ホントに岩に顔が描いてた。けど怒ってなかった」と言った。
本当にあるんだ。僕はやっぱりそれが見てみたくなった。
「で、でもさ、今度はさ、怒ってたら、どうする」
タロちゃんが落ち着かない様子で手に持った懐中電灯を揺らす。
シゲちゃんは鼻で笑って、「そんなことあるもんか」と言った。
夜の闇になんの鳥だかわからない鳴き声が時どき響き、僕はそのたびに身体を硬くする。
怯える気持ちを叱咤しながらガサガサと草を掻き分けて、ひたすら懐中電灯の光を追いかけた。
やがて山の中腹あたりで、木々が開けた場所に出る。「あそこだ」とシゲちゃんが光を向けた。
ゴツゴツした岩が転がっているあたりに、少し奥まった洞窟の入り口がひっそりと佇んでいた。
思わず踏み出す足に力が入る。
すぐ前が2メートルくらいの崖になっているので、回り込んで近づく。
入り口の前に立った時、タロちゃんがおずおずと口を開いた。
666 :先生 中編 ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:55:40 4kHIdhSj0
「なあ、中には入らなくていいだろ」
「なに言ってんだ」
「いいだろ。場所は教えたんだし、あとは中入って真っ直ぐだし」
タロちゃんは本格的にビビってしまっているらしい。
ここまできたのは、当初の目的である僕を顔入道の所へ連れて行くためだとあくまで主張するタロちゃんを、
シゲちゃんが「臆病もん」と非難する。
その怯えように僕まで怖くなってくる。
「ようし、じゃあ俺たちが先に入ってやるから、そこで待ってろ。帰ってきたら今度はお前の番だぞ」
とタロちゃんを睨みつけて、シゲちゃんは僕を促した。
タロちゃんはホッとした顔で「ああ、いいよ」と、妙に強気な口調で返す。
なるほど、タロちゃんからしたら、洞窟の中の顔の表情さえ確認できたら良いのだろう。怒ってさえなければ。
岩に描かれた顔が変わるなんて、そんなことあるわけないと分かっているのに、
頭のどこかでそれを想像して、足が動かないのだ。
それは僕もよく分かる。
暗闇に包まれて、ほんの少し奥も見えない洞窟の中。
振り向くと、わずかな星明りの下に四方の山々が、黒い胴体をのっぺりと横にしている。
人間の光なんてここからはなにも見えない。
何百年も前にこの洞窟の奥へと消えたお坊さん。
その人はそれからこの世界に戻ることなく、即身仏になったんだという。
即身仏ってのは、ようするにミイラのことだ。生きたまま断食をし続けて、そのまま死んでしまうってこと。
どんな気分なんだろう。
瞑想をしたままお腹が減りすぎて、だんだんほとんど死んじゃったみたいになってきて、
ある瞬間に死の境目を越えてしまう。
その時って、どんな気分だろう。そのことを想像すると、どうしようもなくゾッとしてしまった。
「行こうぜ」とシゲちゃんが僕をつつく。
迷うまもなく、僕はぐいぐいと背中を押されるように洞窟の中へ連れて行かれる。
タロちゃんは本当に入ってこない気のようだ。
足元には小さな石がゴロゴロ転がっていて、足の裏の変な所で踏んでしまうとやけに痛かった。
668 :先生 中編 ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:58:44 4kHIdhSj0
大人でもなんとか屈まずに通れるくらいの高さの洞窟は、ところどころ曲がりくねっていて、
懐中電灯を前に向けていても先はあんまり見通せない。
前を行くシゲちゃんがソロソロと足を進め、その爪先が石を蹴っ飛ばすたびに、僕はその音に驚いて縮み上がった。
二人並んで進むには狭すぎる。奥からはかすかな空気の流れと、カビ臭いような嫌な匂いが漂ってくる。
ドキドキと心臓が鳴る。
「もうすぐだ。ちゃんと歩けよ」と、シゲちゃんが僕を励ます。
僕の目は曲がりくねる暗闇に、ありもしない幻を見ていた。それはヒラヒラとしている。
んん?と思ってじっと見ていると、赤いような灰色のような布が、曲がり角の先に見え隠れしている。
何度角を曲がっても、それはヒラヒラとその先へ消えて行く。
どうしてこんな幻を見るんだろうと、僕はぼんやり考えていた。
その赤い布が着物の裾に見えた時、初めてこれは幻じゃないんじゃないかと思えて怖くなった。
シゲちゃんは見えていないのか、なにも言わない。
でも、それはどうしようもなくヒラヒラしていて、
僕の中では、一体なんなんだと叫びながら走って追いかけたい、という思いと、
このまま後退して逃げ出したい気持ちがせめぎあっていた。
ひんやりした夜露が天井からポトリと落ちて、それが足首に跳ねる。
闇の中に僕とシゲちゃんの息遣いだけが流れて、その向こうに赤い着物の裾がヒラヒラと揺らめく。
それはやっぱり現実感が薄くて、
けれど即身仏があいまいな生と死の境をすぅっと越えたように、この洞窟にもどこからかそんな境目があって、
それをすぅっと越えた瞬間に、あの幻が現実になって、今度は僕らの存在が薄くなっていくんじゃないかな。
なんてことを色々考える。なんだかくらくらしてきた。
「ついた」
シゲちゃんが足を止める。僕はその肩越しに覗く。
足元を照らしていた懐中電灯を、ゆっくりと上げていく。暗闇の中に白いものが浮かび上がる。
心臓が飛び跳ねた。ゾゾゾッと背筋に悪寒が走る。
白いものは円形の洞窟の断面全体に広がっていて、とおせんぼをするように立ち塞がっている。
丸い岩ががっしりと嵌り込んでいるのだ。こんなに大きいとは思わなかった。
目の前いっぱいにその白いものがどっしりと構えている。
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