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『すまきの話』1/3

師匠シリーズ。
【僕】 師匠シリーズを語るスレ 第8夜 【俺】

922 :すまきの話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/20(土) 22:45:31 sgJKT7Op0
学生時代の秋だった。
朝や夕方のひとときに、かすかな肌寒さを覚え始めたころ。
俺はある女性とともに、オカルト道の師匠の家を襲撃した。

周囲の住宅も寝静まった夜半である。
アパートの一室から光が消えているのを確認した上で、足音を殺しながらドアの前に立つ。
ノブを捻るとあっさりと手前に開いていく。鍵が掛かっていないのは分かっていた。
そろそろと暗い部屋の中に入り込み、布団にくるまっている師匠を見下ろす。
二人で目配せをした後、持参したロープを上手に布団の下に這わせ、慎重に準備を整える。
そして一気にロープを引っ張り布団ごと括り上げる。
「な、なん」
急な衝撃にそんな短い発語をした師匠は、
けれどたいした抵抗もなく、俺たちの前に見事な簀巻きとなって一丁上げられた。
「なんですか」
眠気もふっとんだのか、師匠は冷静な口調でようやくそれだけを言った。簀巻きとして横たわったまま。
「なんですか」って、それは俺も知りたい。
ただ、この師匠の彼女であるところの歩くさんから、イタズラをしようと持ちかけられ、
うまうまとそれに乗っかってしまった、というのが正直なところだ。
だから理由なんて多分ないし、面白ければそれでいいのだった。
電気を点け、俺たちは持ってきたお菓子類や飲み物を広げる。
簀巻きを肴にホームパーティといこう、という趣向だ。
「なんだなんだ」と、喚きながら師匠がもがく。
敷き布団と掛け布団の中から顔だけを出して、まるでイモムシのようだ。
ロープで数カ所を括られて円筒形になった布団は、むしろラーメン屋の仕込みで見るチャーシューというべきか。
もがけばもがくほどコーラが進む。
俺と歩くさんは、簀巻きを前にして楽しく談笑した。

やがて疲れてきたのか、大人しくなった師匠がポツリと言う。
「おかしくれよ」
俺たちは貴重なポテチを要求する簀巻きを無視することにした。


924 :すまきの話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/20(土) 22:50:28 sgJKT7Op0
「……」
「無視すんなよ」
「……」
「おかしくれよ」
「……」
「面白い小話をするから助けてくれ」
俺と歩くさんは、部屋の隅にあった将棋盤ではさみ将棋をはじめた。
「ローマ法王がアメリカを訪問した時にね、
 実はかなりのスピード狂だった法王が、運転手にハンドルを握らせてくれって頼ん……」
「ローマ法王が運転者をするくらいの、大物を捕まえちゃったって言うんでしょう」
「……うん」
「……」
「もう一つ聞いてくれよ」
「……」
「イエス・キリストが、水面を歩いて渡る奇蹟を起こしたっていう湖に、旅行者がやってきたんだ。
 向こう岸に渡る船があるっていうんで行ってみたら、大人一人50ドルと書いてある。
 『なってこった!たったこれだけの距離で50ドルもとるのか。イエス様も歩いて渡るはずだ』」
「…………ふ」
「あ、笑った」
「……」
「ダメ?今のダメ?」
「よし!」
これではさみ将棋二連勝だ。歩くさん相手のゲームは何故か緊張する。
「もう一つ。もう一つ聞いてくれよ。千年前から建ってるドイツの古城の遺跡に、盗賊団が侵入したんだ。
 手分けして探索してると、戻ってきた子分が言う。
 『あやしげな扉があったんですが、カギが掛かってやした』
 『バカ野郎。昔っからカギを掛ける場所には、大事なものがあるって相場が決まってんだ。
  死ぬ気でこじ開けてこい!』 
 飛び上がってもう一度探索に向かった子分が、しばらくしてまた手ぶらで戻ってくる。
 『トイレでした』」


925 :すまきの話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/20(土) 22:53:11 sgJKT7Op0
「…………うふ」
「あ、笑った。笑ったよ。ねえ。これほどいてよ」
「……」
「無視すんなよ」
よおし、これで三連勝だ。歩くさんも案外たいしたことないな。
「実はさっきの小話の中に、一つ奇妙な部分がある」
簀巻きの声色がわずかに変わった。そちらを見もしないが、歩を持つ手がぴくりと止まる。
「カギを開けたら扉の向こうはトイレだったってオチだが、
 良く考えると、千年前の城の廃墟にあったトイレなのに、どうしてカギが掛かったままだったんだろうね」
ささやくような声にゾクっとした。
最後に入った人は、千年経ってもまだ出てきていないのだろうか。内からカギを掛けたままで。
埃くさくジメジメした石造りの城が、今にも目の前に現れそうな悪寒が、目眩を伴ってやってくる。
狭いアパートの室内の景色が、ゆらゆらと攪拌されていくようだ。
しまった。術中にはまる。
そう思って緊張した。
しかし次の瞬間、パリパリという乾いた音が聞こえ、現実感が蘇ってくる。
歩くさんが師匠の口元にポテチを差し出して、まるでエサのように食べさせていた。
ご褒美か。でもほどかないんだ。

その後も「ほどけほどけ」「おかしくれ」とうるさい師匠をほぼ無視したままで、俺たちは夜更かしをした。
あんまりうるさいので、そろそろ勘弁してあげましょうかと提案すると、
歩くさんは「ほどくと死ぬ」とだけボソっと言った。
死ぬのか。だったらほどけないな。主語が分からないのが恐すぎるけど。
歩くさんはそう言っていいのか分からないが、予知能力のようなものを持っている。
最初はカンが鋭い人だと思っていただけだったが、
やがてそれが、ありえない精度を持っていることが分かって恐くなった。


927 :すまきの話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/20(土) 22:56:26 sgJKT7Op0
彼女は予知夢のようなものを見る。そして、起きた時にはそれを忘れている。
ある時、ふいにそれを思い出す。これから起こることを思い出すのだ。
それが警句となって、周囲にいる俺たちも危機を脱するということが何度かあった。
その彼女の言葉は、時に非常に重くなる。「ほどくと死ぬ」と言われたら、なんとしてもほどくわけにはいかない。
それが冗談なのか警告なのか、全く分からなかったとしてもだ。
モジモジと蠕動運動を繰り返す師匠を見ながら、普段小馬鹿にされている恨みをこめて存分にコーラをあおった。
旨すぎる!

二本目のコーラに手を掛けた時、急に部屋の中に目覚まし時計の音が響き渡った。
ドキッとしたが、すぐに歩くさんがスイッチを切り、時計は沈黙する。
針を見ると丑三つ時。どうしてこんな時間に目覚ましを掛けてるんだこの人は。
最近よく深夜徘徊をしているらしいというのは知っていたが、目覚ましで起きてまですることなのか。
「ようじがあるんです」と、師匠が哀れを誘う口調で訴えたが、
歩くさんに「どんなご用事?」と問われて上手く答えられずに、
「とにかくほどいてください」と懇願したが、あえなく却下された。
そうこうしていると、歩くさんが部屋のどこからかアルバムを見つけてきた。大学の入学アルバムだ。
パラパラと捲っていると、知ったような顔が所々にあった。
師匠の入学ははるか昔のはずなので、なんだか変だと思っていたら、どうやら今の四回生の入学時のものらしい。
後輩の入学アルバムを持ってるって、なんだかいやらしい。
変態を見る目で簀巻きを睨んでから、知人の写真を探す。
とりあえず教育学部の頁に、みかっちさんというオカルト仲間の在りし日の姿を発見。
意外にも、これはダメだろという地味な格好で写っている。
ここだけ切り取って、本人をいじめたい気持ちに駆られる。
続いて歩くさんも発見。今の姿とあまり変わらない。写真の下にある名前に頼らずとも余裕だった。
ただ、その頁の端に折り目がついていることが気になった。
そう言えばこの二人は、師匠の方が一方的に熱を上げたとか上げてないとか聞いたことがある気がする。


929 :すまきの話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/20(土) 23:00:47 sgJKT7Op0
これは楽しいものを掘り起こしたかも知れないと思い、隣りの歩くさんを覗き見ると、
彼女は無表情のまま、じっとその折り目を見つめている。
その時、彼女を包む異様な緊張感に気づいた。なにか冷やかすようなことを言おうとして思いとどまる。
押し黙っているとやがて彼女が口を開き、「初めて会った時、このアルバムを持ってた」と呟いた。
新入生のアルバムを見ていて一目惚れし、それを頼りに彼女を捜し当てたという訳か。
それだけを聞くと、他人の馴れ初めなど犬も食わぬわ、という不快な気分になってきそうだが、ちょっと様子が変だ。
このやりとりを聞いていたはずの師匠を振り返ると、寝たふりをしている。
わざとらしく寝息を立てているが、まつげがピクピク痙攣中だ。
よく分からないが、なにかよほどの爆弾を掘り当てたらしい。
後にこの出来事の真相を知った時には、
簀巻きにしたのみならず、もっと酷い目に遭わせるべきだったと思ったものだったが、それはまた別の話だ。
その時の俺は不穏な空気を察知して、なんとか話題を変え、簀巻きを囲む宴を続行した。

記憶が定かでないが、やがていつの間にか眠ってしまっていた俺は、畳の上で目を覚ました。身体の節々が痛い。
隣では歩くさんが、どこから引っ張り出してきたのか毛布にくるまって寝ている。
ハッとして師匠を見ると、簀巻きから肩の先が少し出た状態で横たわって寝ている。
俺たちが寝てしまってから自力で抜け出そうとして力尽き、脱皮途中で眠ってしまったようだ。
俺は起こさないようにロープの結び目をほどき、師匠と歩くさんを放置したまま部屋を出る。
朝日が目を焼いて、俺はうつむき加減で住宅街を歩き出した。


931 :すまきの話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/20(土) 23:05:40 sgJKT7Op0
次の日の夜だ。
パソコンの電源を切り、首をボキボキと鳴らし、歯磨きをしてから寝ようかと立ち上がった時だった。
机の上のPHSに着信があった。時計を見ると深夜0時を回っている。
こんな時間に誰だろうと思いながら通話ボタンを押すと、掠れた声が耳元で囁くように聞こえてきた。
よく聞き取れなかったが、それはこう言っているようだった。

……家から近い本屋、本屋の前の公園……

いったい誰なんだろう、という疑問は湧かなかったと思う。俺は師匠だと直感的に分かった。
「どうしたんですか」と大きな声で呼びかけた瞬間、ガサガサという紙袋かビニール袋が揺れるような音がした。
その後は電話口の向こうから声がしなくなった。時どき、ガサ、という小さな音がするだけだ。
何度か向こうに呼びかけてから、もう通じないのだと判断して電話を切った。
すぐに外出用の服に着替える。
師匠になにかあった。それだけは分かる。
家から飛び出し、自転車にまたがって、師匠の家の方に向かう。
空は曇っているのか月が見えず、街灯がないあたりは真っ暗だ。

師匠の家に入り浸っているうちに、すっかりそのあたりの土地勘を身につけてしまった俺は、
『家から近い本屋、本屋の前の公園』というヒントから、指示された場所に最短距離で到達した。
そこは緑の多い一角で、遊具の類はほとんどないけれど、住民たちの散歩コースになっている広場だった。
入り口に自転車を止め、恐る恐る足を踏み入れる。
人の気配はない。少なくとも動くものの影は。

「『すまきの話』2/3」に続く

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