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『携帯電話』2/2

師匠シリーズ。
「『携帯電話』1/2」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?214

256 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:47:18 ID:PyPRRLYk0
吉田さんに電話を掛けてきたのは、本当に安本という死んだはずの友人だったのか。
事故死を知る前の電話と、研究室に掛ってきた電話。そのどちらもが、あるいは、そのどちらかが。
どちらにせよ怪談じみていて、夜に聞けばもっと雰囲気が出たかも知れない。
二十一歳までに忘れないと死ぬというその呪いの言葉は、結局吉田さんからは聞かされていない。
そのこと自体が、吉田さんの抱いている畏れを如実に表しているような気がする。
俺はまだそのころ二十歳だったから。
「僕なら、中学時代の友人みんなに電話するね。『安本からの電話には出るな』って」
師匠は笑いながらそう言う。
そして一転、真面目な顔になり声をひそめる。
「知りたいか。なにがあったのか」
身を乗り出して返す。
「分かるんですか」
「研究室のはね」
こういうことだと言って、師匠は話し始めた。
「ヒントは、トイレに行って帰ってきた直後に電話が掛ってきたって所だよ」
「それがどうしたんです」
「その当事者の吉田先輩と、語り手である君が、揃って研究室から離れている。
 そして向かったトイレは、その階のものが以前から故障中で使えないから、
 二つ下の階まで行かなくてはならなかった。
 ということは、研究室のリュックサックに残された携帯電話に、
 なにかイタズラするのに十分な時間が見込まれるってことだ」
イタズラ?
どういうことだろう。


258 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:50:15 ID:PyPRRLYk0
「思うにその吉田先輩は、普段からよくリュックサックに、携帯電話を入れているんだろう。
 それを知っていた他の二人の先輩が、君たち二人が研究室を出たあと、すぐにその携帯を取り出す。
 安本という死んだはずの友人から、電話を掛けさせる細工をするためだ」
「どうやって?」
「こうだ」
師匠は俺のPHSを奪い取り、勝手にいじり始めた。そして机の上に置くと、今度は自分の携帯を手に取る。
俺のPHSに着信。
ディスプレイには『安本何某』の文字。
唖然とした。
「まあ、卵を立てた後ではくだらない話だ」
師匠は申し訳なさそうに携帯を仕舞う。
「まず吉田先輩の携帯のアドレスから、安本氏のフルネームを確認する。
 それから、そのアドレス中の誰かの名前を、安本氏のものに変える。あとはリュックサックに戻すだけ。
 できればその誰かは、吉田先輩にいつ電話してきてもおかしくない、友人が望ましい。
 『時限爆弾式死者からの電話』だね。
 ただ、タイミングよくトイレの直後に掛かってきたことと、無言電話だったことを併せて考えると、
 『安本何某』にされたその友人に電話をして、イタズラに加担させたと考えるのが妥当だろう。
 ということは、その相手は、同じ研究室の共通の友人である可能性が高い」
師匠はつまらなそうに続ける。
「結局、ディスプレイに表示された名前だけで相手を確認してるから、そんなイタズラに引っ掛かるんだよ。
 普通は番号も一緒に表示されると思うけど、
 いつもの番号と違うことに気付かないなんてのは、旧世代人の僕には理解できないな」
まだ言っている。
しかし、どうにもそれがすべてのようだった。


259 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:52:52 ID:PyPRRLYk0
俺もすっかり醒めてしまい、
あんなに薄気味の悪かった出来事が、酷く滑稽なものとしてしか脳裏に再生されなくなった。
吉田さんがその時すでに死んでいたはずの安本さんと、電話で話をしたという一件も、
なんだか日付の勘違いかなにかで片が付きそうな気がしてきた。
空調の効いた学食でもう少し涼んでいこうと思って、レシートに表示されている総カロリー量をぼんやり眺めていると、
窓の外に目をやっていた師匠が、乱暴にお茶のコップをテーブルに置いた音がした。
見る見る顔が険しくなっていく。
「そんな……」
ぼそりと言って、眼球が何かを思案するようにゆるゆると動く。
俺はなにがあったのかさっぱり分からず、じっとその様子を見ていた。
「おかしいぞ」
「なにがですか」
「さっきの話だ」
ドキッとした。まだなにかあるのか。もう終わった話のはずなのに。
「勘違いをしていたかも知れない」
師匠はタン、タン、と人差し指の爪でテーブルを叩きながら、眉間に皺を寄せた。
「その吉田先輩は、研究室にいるときに掛かってきた、『安本氏』からの無言電話に、
 どこから掛けてきているのか問いただしたあと、なんて言った?」
「え?……だから、『木の下にいるのか』って」
「それはどういう意味だ」
「さあ。そのあと本人、すぐ帰っちゃいましたから」
師匠は目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。
「その、吉田先輩は、相手はなにも喋らなかったと言ったな? 
 ということは、言葉以外のなんらかの情報でそう思ったわけだ」
目を開けて、少し顔を俯ける。


264 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:59:33 ID:PyPRRLYk0
「安本氏の死因はバイク事故。ガードレールを乗り越えて、谷に転落して死んだって話だな。
 そこから例えば、霊魂が木の下にいるというような連想が湧くだろうか。いや、どうもしっくりこないな。
 ということはやはり、あの電話の最中に、なにか情報を得たということだ。言葉でなければ音だ」
音?師匠がどうしてそんな所に拘るのか分からず首を捻る。
「そうだ。音だ。背後の音。
 例えばダンプカーのバックする警告音、パチンコ屋の騒々しさ、クリアなステレオの音…… 
 どこから電話しているのか、ある程度分かってしまうことがあるだろう」
「それはまあ、ありますよね」
「じゃあ、木の下の音ってなんだと思う」
言われて想像してみる。木の下の音?なんだろう。木の葉が風に揺れる音?
それだけ聞かされても分かるものだろうか。
師匠は笑うと、口元に指を立て目を閉じた。静かにして耳を澄ませと暗に言っているらしい。
目を開けたまま周囲の音に神経を集中する。ざわざわした学食の中の雑音が大きくなる。
それでもじっと聞き耳を立てていると、それらがだんだんと遠くへ離れていき、
逆に俺の耳は遠くの控えめな音を拾い始めた。
……じわじわじわじわじわじわじわじわ……
テーブルの向かいにいる師匠の姿が、遠く小さくなっていく錯覚に襲われる。
「蝉ですね」
師匠は目を開けて頷いた。
「この声だけはすぐにそれと分かる。
 こうして窓を閉めた建物の二階でも聞こえるけど、実際、木の下に行けば凄い音量だ。
 木の下に限らず、木のそばでもいいけど、そこはただ単に言葉の選択の問題だな。
 ともかく、吉田先輩はその蝉の声から、相手が今どこにいるのかを連想したわけだ。ところが、だ」
師匠は急に立ち上がった。


266 :本当にあった怖い名無し:2009/06/07(日) 01:03:53 ID:PyPRRLYk0
「ちょっとここで待ってろ」
「え?」
手の平を下に向けて座ってろのジェスチャーをしてから、師匠は踵を返すと学食の出口に向かって歩いていった。
取り残された俺は、その背中を見ながら動けないでいた。
どうしたんだろう。
ただ待っていろという指示だが、話が見えないので気持ちが悪い。お茶を汲みに行っても駄目だろうか。
そう思って、何度も出入口のあたりを振り返っていると、いきなり自分のPHSに着信があった。
心臓に悪い。
師匠からだった。軽く上半身が跳ねてしまった照れ隠しに、舌打ちをしながら鷹揚な態度で通話ボタンを押す。
「はい」
『……』
相手は無言だった。
え?師匠だよな?番号は確認してないけど。
背筋を嫌な感じの冷たさが走る。
「もしもし?」
『……ああ。聞こえるか』
「なんだ。おどかさないでくださいよ」
『僕の声が聞こえるんだな』
やけに小声で喋っている。
「はい。聞こえますよ」
『今、どこにいるか分かるか?』
「さあ?学食の近くでしょう」
席を立った時間からいっても、そう離れてはいまい。
『じゃあ、僕の席に移動して、窓の外を見てみて』
言われた通り立ち上がって席を移る。そしてPHSを耳にあてたまま、ガラス越しに窓の下を見た。
すぐに分かった。師匠が建物から少し離れた場所にある並木の下に立って、手を振っている。
思わず手を振り返す。
『もう一度聞く。僕は今、どこにいる』


270 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 01:09:41 ID:PyPRRLYk0
なんだ?やけに意味ありげだが。
「だから、そこの木の下でしょう」
答えながら、何故か分からないが、嫌な予感らしきものが首をもたげてきた。
振られていた師匠の手が下がり、なにかを問いかけるポーズに変わる。
『その目で見るまで、どうして分からなかったんだ?』
PHSが耳元に、冷たい声を流し込んでくる。
ガラス窓の向こうに、師匠が寄り添っている大きな木。
この学食でも遠くに聞こえている蝉の声は、きっとそこからも発されているだろう。
近くにいれば耳をなぶるような暴力的な音量で。
ようやく俺は気付いた。PHSから、その蝉の声が聞こえてこないことに。
『前になにかの本で読んだことがあったんだけど、どうやら、携帯電話は蝉の声を拾わないってのは本当らしいね』
確かに聞こえない。ただ、なんとも言えないざわざわした感じが、師匠の声の背後にしているだけだ。
『吉田先輩が、聞こえるはずのない蝉の声を聞いたのだとすると、その安本氏の名前で着信のあった電話はおかしいな」
昼ひなかに、ゾクゾクと身体の中から寒気が湧いてくるような気がした。
『他の二人の先輩に、僕がさっき推理したようなイタズラをしたのか、確認してみる必要がある。
 もしイタズラではなく、本当に安本氏の番号からの着信だったなら、
 吉田先輩から、その覚えていたら死ぬって言葉は絶対に聞くな」
俺は「はい」と言った。
ガラス窓の向こうで師匠は頷くと、こちらを指差しながら『片付けといて』と言って携帯を切った。
そしてどこかへ去って行く。
学食の中、二つ並んだトレーの前に引き戻された俺は、腕に立った鳥肌の跡を半ば無意識にさすっていた。

結局、後日会った二人の先輩は、そんなイタズラはしてないと言った。嘘をついている様子はなかった。


272 :携帯電話 ラスト ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 01:11:59 ID:PyPRRLYk0
吉田さんにも確認したが、本当に安本という死んだはずの友人の番号からだったらしい。
けれど、それから一度もその番号からの着信はなかったそうだ。
あるはずはないのだ。その携帯電話はバイク事故の時に、本人の頭と一緒に粉々になっていたのだから。

芝コンには来なかったけれど、吉田さんも日が経つにつれていつもの調子を取り戻し、
やがて無事に二十一歳の誕生日を迎えたようだった。
その中学時代に流行ったという呪いの言葉が、やはりただの噂話の一つに過ぎないということだったのか、
それとも、二十一回目の誕生日を迎えた日にたまたまそれを忘れていたのか、確認はしていない。

蝉の声について、師匠の言葉に興味を持ったので自分なりに調べてみたが、
種類などによって周波数にバラつきがあり、携帯電話で拾うこともあるらしい。
自分で試した時には聞こえなかったけれど。
ただ、ある日の夜。研究室で一緒になる機会があり、「あの時、本当に蝉の声を聞いたんですか」と訊ねると、
吉田さんは「どうして知ってるんだ」と、驚いた顔をしてから続けた。「でも聞こえるはずはないんだよ」と。
割と有名な話なのかと思い、俺は蝉の声が携帯から聞こえることもあるということを説明した。
しかし吉田さんは、そもそも周波数の高すぎる音が携帯電話を通らないという話自体初耳なようで、
俺の話にやたら感心していた。
「それは知らなかった」
「じゃあどうして、聞こえるはずがないなんて思ったんですか」
「だって」と吉田さんは言葉を切ってから、何かを思い出そうとするように指をくるくると回した。
そして、耳に手の平を当てる真似をして、「これこれ」と言った。
つられて俺も耳を澄ました。
研究室の窓から、夜の濃密な空気が流れてきている。
その中に、初秋の物悲しい蝉の声が漂う。泣いているような、笑っているような。
「あんな昼間に、聞こえるはずないだろう?」
吉田さんは目に見えない何かを畏れるように、そっと呟いた。

ヒグラシって、いうんだっけ……

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