師匠シリーズ。
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ7【友人・知人】
636 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 00:03:40 ID:3TBJnZvS0
大学二回生の初夏だった。
俺はオカルト道の師匠につれられて、山に向かっていた。
「面白そうなものが手に入りそうだ」と言われて、ノコノコついて行ったのであるが、
彼の『面白い』は普通の人とは使い方が違うので、俺は初めから身構えていたが、
行き先がお寺だと知って、ますます緊張してきた。
なんでも、知り合いの寺なのだとか。そちらから連絡が入ったらしい。
市内から一時間以上走っただろうか。師匠は「ここだ」と言いながら、道端に軽四を止めた。
周囲は畑に囲まれていて、山間に午後の爽やかな風が吹いている。
古ぼけた門をくぐり地所に入ると、ささやかな杉木立の向こうに本堂があり、
脇に設けられた庭園には、澱んだような池が音もなく風紋を立たせていた。
「真宗の寺だよ」と師匠は言った。
山鳩が鳴いて、緑の深い森に微かな羽ばたきが消えていく。
右手に鐘楼堂が見えたが、屋根が傾き、肝心の鐘が見当たらない。打ち捨てられているようだ。
「あれは鐘が戦時中に供出されてから、そのままらしい」
師匠の説明に顔をもう一度そちらに向けた瞬間、目の端になにか白いものが映った気がして、
先へ進む師匠を追いかけながら首を捻ってあたりを見回したが、何も見当たらなかった。
その白いものが服だったような気がして少し気味悪くなった。境内には誰もいないと思っていたから。
師匠はズンズンと本堂から反れて、平屋の建物の方へ向かっていった。
住職の住む家らしい。庫裏(くり)というのだったか。
638 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 00:06:56 ID:3TBJnZvS0
玄関の方へ回ろうとすると「こっちこっち」という声がして、裏手の方から手招きをしている人がいる。
随分背の高い男性だ。
俺と師匠は裏口から招き入れられ、居間らしき畳張りの部屋に通された。
「親父さんは?」
師匠の問いに、「出てる。パチンコじゃねえか」と男性は答えて、
「じゃあ、例の持ってくる」と、部屋を出て行った。
二人取り残されてから、俺は師匠をつついた。
「あの人は黒谷さんっていう、悪い人。親父ってのがこの寺の住職。やっぱり悪い。
なにせこの僕に、供養を頼まれた物品を売りつけようってんだから」
ニヤニヤと笑う。
俺は先日見せてもらった心霊写真の束を思い出した。
あれも確か業者から買った横流し品だと言っていたはずだ。
「ああ、ここから直で買ったのもあるよ。
まあ、一応ここは、御焚き上げ供養の隠れた名寺ってことになってるから、そこそこ数が集まってくる。
でもまあ、本物は一割以下だね」
師匠はそう言いながら、部屋の中に無造作に飾られた市松人形や掛け軸などを勝手に弄りまわっている。
やがて黒谷と呼ばれた男性が戻ってきて、紙袋を師匠の前に置いた。
師匠が手を伸ばそうとすると、黒谷さんはスッと紙袋を引き下げて手の平を広げた。
五本の指を強調するようにウネウネと動かしている。
「五本は高い」
師匠が口を尖らせると、黒谷はボサボサの頭を掻きながら「あ、そ」と言って、紙袋を持って立ち上がろうとする。
639 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 00:10:53 ID:3TBJnZvS0
「持って来たのはどんな人ですか」
間髪いれずに師匠が問うと、中腰のまま、
「中年のご婦人。深い帽子にサングラス。住所不明。姓名不明。ブツの経緯も不明。
でも供養料に、足の指まで全部置いてった」
と答える。
「二十本も?」
師匠が険しい顔をした。
そして「わかりました」と言って、ジーンズのポケットから出した財布を放り投げる。
黒谷は財布をキャッチして、紙袋をこちらによこした。
師匠は紙袋を覗き込み、小さく頷く。俺も思わず横から割り込むように覗いた。
袋の中に一本の黒いビデオテープが見えた。
「足りねえ」
黒谷の声に師匠がばつの悪そうな顔をして、「今度持って来ます」と言う。
「今度っていつだ」
気まずい雰囲気が部屋に流れる。
その雰囲気に耐え切れず、思わず「いくら足りないんですか」と言ってしまった。
つくづく師匠の思惑通りの行動をとってしまっていると、我ながら思う。
結局、俺はなけなしの七千円を財布から出して、黒谷に手渡した。
俺だって見たいのだ。ここまできて我慢できるわけがない。
「また何か入ったら、連絡する」
黒谷はそう言って立ち上がった。
帰る時、俺と師匠はまた裏口に回らされた。
靴がそこにあるからとはいえ、なんだか悪いことをしているという気になってくる。
いや、確かに悪いことなのだろう。
供養して欲しいと持ち込まれたものをこうして金で買って、好奇心を満たそうというのだから。
これを持ってきたという女性は、いったいどんな気持ちで寺の門をくぐったのか。
いきなり腕を掴まれた。ドキッとする。
640 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 00:16:01 ID:3TBJnZvS0
「あいつの弟子か」
凄い力だった。黒谷は俺を引き寄せてささやく。師匠はもう外に出ていて、家の中からでは見えない。
「オレのことは聞いたか」
掴まれた腕の痛みに、顔をしかめながら頷く。
「じゃあ、浦井のことも聞いたか」
「まだ全部は聞いてません」
ようやくそう言うと、やっと手を離してくれた。
黒谷は何か考えごとをしているように視線を宙に彷徨わせていたが、ニッと口元を歪めると、
「あのビデオ、やばいぜ」と言って、“もう行け”とばかりに手を振った。
掴まれた肘の裏側が熱を持ったように痛む。俺は逃げるように靴を履いて外へ出た。
外では師匠が誰かに気づいた様子で、なにかを喋りながら本堂の方へ歩いていこうとしていた。
俺は家の戸口を気にしながら、慌ててそれを追いかける。
視線の先に、白い服を着た少女が映った。ああ、さっきの、と思う。幻覚ではなかったようだ。
師匠は「アキちゃん」と呼んで、近づいていった。
本堂の式台の端に腰掛けて足をぶらぶらとさせながら、師匠の呼びかけに軽い会釈で応えている。
中学生くらいに見える、ほっそりとした色の白い子だった。
久しぶりに会ったような挨拶を交わしたあと、師匠は「高校には上がれそうなのか」と聞いた。
そういえば今日は平日のはずだ。学校を休んでいるのか。
少女ははにかんで笑い、「たぶん、なんとか」と、風鈴が鳴るような声で返した。
その後、参道を引き返す俺たちを見送りながら、彼女はずっと同じ格好で座っていた。
振り返るたび、周囲の景色より小さくなっていくように見えた。
641 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 00:21:08 ID:3TBJnZvS0
帰りの車の中で、俺はシートベルトを締めながら師匠に顔を向ける。
「アキちゃんて言うんですね」
「ああ。秋に生まれたからだと。あのオッサンの妹だよ。体が弱くてね、学校も休みがちみたいだ」
ずいぶん歳の離れた兄妹だ。それより、あのガッシリした体格の男性とのギャップが大きい。
「血は繋がってるのはホントだよ、どっかから攫ってきたワケじゃない。
それにあのオッサン、ああ見えてまだギリギリ二十代のはずだ」
師匠は意味深な口調でそう言って、
急な山道を降りるために、フットブレーキからギアを落として、エンジンブレーキに切り替えた。
「あのオッサンの話は、まあ、またいずれな」
それよりこっちさ。そんな顔で師匠は、傍らの紙袋を舐めるように見るのだった。
お互いに午後は用事があり、深夜零時近くになってまた合流した。
「夜の方が雰囲気が出るだろう」
師匠はそう言って、まだ見てないというビデオテープを紙袋から出して見せた。
師匠のアパートの畳の上で、いつものように俺は胡坐をかいてテレビの前に座った。
家具だかゴミだかよくわからないこまごましたものを乱暴にどけて、師匠も横に座る。
「古いテープみたいだからな。ベータとかいうオチじゃなくて良かった」
そんなことを言いながら、黒いビデオテープのカバー部分をパカパカといじる。
どこにでもある百二十分テープのようだ。タイトルシールはない。
「さて、焚き上げ供養希望の一品。ご拝見」
軽い調子で師匠はビデオデッキにテープを押し込む。『再生』の文字が映り込み、黒い画面が砂嵐に変わった。
642 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 00:26:59 ID:3TBJnZvS0
少しドキドキしながら食い入るように画面を見ていたが、砂嵐は一向におさまらない。
もしかしてカラのテープを掴まされたんじゃないか、という疑念が沸き始めたころ、ようやく画面が変わった。
駅の構内のようだ。
夜らしく、明かりのないところとの濃淡がはっきりしている。
小さな駅のようで、人影もまばらなプラットホームが映ったままカメラは動かない。
なにかの記録ビデオだろうか、と思った瞬間、
画面の右端から淡い緑色のシャツを着た若い男が現れて、向かいのホームを眺めながら何ごとか喋り始めた。
顔には白くのっぺりとした仮面。言葉の内容はよくわからない。
アリバイがどうとかいう単語が聞こえたので、どうやら推理劇をホームビデオとして撮影しているようだ。
音があまり拾えてないし、淡々とした独白というスタイルでは、あまり出来が良いとは思えない。
俺は、高校生か大学生の学園祭での発表用かな、と当たりをつけた。あるいは、その練習段階のものかも知れない。
目の部分にだけ穴が開いている白い仮面も、おどろおどろしい感じはしない。
ただ顔を隠している、というだけに見えた。何故隠しているのかはわからない。
列車も入ってこず、構内放送も流れない単調な映像をバックに素人の演技が延々と続き、
このあと一体何が起こるのかと身構えていた俺も、だんだんと拍子抜けしはじめた。
画面が時々揺れるので、据え置きではなく誰かがカメラマンをしているようだ。たった二人での撮影だろうか?
それとも、このあと別の登場人物が出るのだろうか。と思っていると、いきなり映像が途切れた。また砂嵐だ。
師匠が早送りボタンを押す。しかし、画面は砂嵐がそのまま続いていた。
停止ボタンを押して、巻き戻しを始める。
師匠が口を開く。
643 :ビデオ 前編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 00:31:26 ID:3TBJnZvS0
「なにか変だったか?」
それはこっちが聞きたい。五万円もしたワケありビデオテープがこれなのか?
あ、そういえば俺の出した七千円、師匠は返してくれる気があるのだろうか。
もう一度最初から再生する。
砂嵐の後、また駅の構内が映る。白い仮面の男が現れてカメラの前で喋る。ホームには電車も入ってこない。
ざわざわした音に包まれている。単調な映像が続き、やがて途絶える。そして砂嵐。
同じだ。特に変な所はない。師匠の顔を見るが、俺と同じく釈然としない様子だった。
それからあと二回、俺たちは巻き戻しと再生を繰り返した。けれどやはり何も見つけられなかった。
「掴まされたんじゃないですか」
俺の言葉に師匠は欠伸で返事をして、不機嫌そうに「寝る」と言った。
そして布団を敷いて寝始めた。早業だ。俺はどうしたらいいんだろう。
帰ろうかと玄関の方を見るが、なんだか気持ちが悪くて頭を振る。
あの黒谷という人が『あのビデオ、やばいぜ』と言ったその言葉に、
何かただごとではない予感を抱いたことが、頭にこびり付いているのだ。
こんなもののはずはない。
俺はビデオデッキの取り出しボタンを押して、ビデオテープを引き抜く。
光にかざしてもう一度まじまじと観察するが、多少古い感じがするものの、やはりありふれたテープだ。
よく聞く名前のメーカー名が刻印されている。
血痕だとか、そういう不穏なものが付着していないか調べたがないようだ。
ということは、やはり内容になにかおかしな点があるのだろうか。
考え込んでいると、師匠が眩しいという趣旨の寝言を発して寝返りを打ったので、電気を消してやる。
「『ビデオ 前編』2/3」に続く
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