師匠シリーズ。
『怪物「転」』の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ4【友人・知人】
267 :怪物 起承転「結」上 ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 01:44:23 ID:ScuN9+/G0
その日の放課後、私は3年生の教室へ向かった。
ポルターガイスト現象の本を貸してくれた、先輩に会うためだ。
廊下で名前を出して聞いてみると、すぐに教室は分かった。
先輩は私の顔を見るなり、オッ、という顔をして手招きをしたが、席まで行くとすぐに両手を顔の前で合わせて謝る。
「ゴメン。今日はこれから部活なんだ」
「剣道は止めたんじゃなかったんですか」と聞くと、「文科け~い」と言って、トランペットを吹く真似をする。
吹奏楽部かなにからしい。
「一つだけ教えてください」
そう言う私に、「ま、座りなさい」と近くの席から椅子を引っ張ってくる。
その周りでは帰り支度をする生徒たちが、私を物珍しそうに横目で見ている。
多少は時間をとってくれるようなので、順序立てて聞くことにする。
「先輩の家で起こったポルターガイスト現象は、イタズラでしたか?」
先輩は目を丸くしてから笑う。
「いきなりだな。でも違うよ。私だって驚いてた。ホントに目の前で、花が宙に浮かんだりしたんだ」
「じゃあ原因はなんですか?」
「……あの本もう読んだんだ?私に聞くってことは」
頷く。
「まあ、知ってると思うけど、あたしの家って両親が仲良くないワケよ。今も別居してるし。
そんで小学4年生のころって、一番バチバチやりあってた時期なのよ。
家の中でも、顔あわせれば喧嘩ばっかり。
子どもの目の前で酷い口論してたんだから。まるであたしがそこに居ないみたいに」
私のイメージの中で、シルエットの男と女がいがみ合っている。
そしてその傍らには10歳くらいの少女が、怯えた表情で身体を縮ませている。
「超能力だか心霊現象だか知らないけど、たぶん原因はあたしなんだろうと思う。今となっては、だけど」
「じゃあ。どうやってそれが収まったんですか」
268 :怪物 ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 01:46:43 ID:ScuN9+/G0
「昨日言わなかったっけ?祈祷師が来たの。家に。
そんで、ウンジャラナンジャラ、エイヤーってやったわけよ。そしたら、変なことはほとんどなくなったな」
「祈祷師が、ポルターガイストを鎮めたんですか」
「……なんかいじわるになったね、あなた。分かってるクセに。たぶん、満足したんだと思うよ。あたしが。
『親がここまでやってくれた』って。今でも覚えてるもん。
両親が二人とも、祈祷師の後ろで、必死になって手を合わせて拝んでんの。
それで、お祈りが終わった後にあたしの頭を抱いて、『これで大丈夫だ』って二人して言うの。
それであたしもなんだかホッとして、ああこれで大丈夫なんだ、って思った。
最初は二人ともラップ音とか、お皿が割れたりしたこととか、なんでもないことみたいに無視してたのよ。
気味が悪いもんだから、気のせいだ、見てない、聞いてないってね。
それをきっとそのころのあたしは、自分を無視されたみたいに感じてたのね。
だから余計に酷くなっていったんだと思う」
結局、思春期の子どもが起こすイタズラと同じなのだ、と私は思った。
自分を見て欲しくて、構って欲しくて、とんでもないことをしでかすのだ。
それで怒られることが分かっていながら、しないではいられない。
それはアイデンティティの芽生えと、深く関係している部分だからなのだろう。
自分が自分であるために、身近な他者の視線が必要なのだ。
「どうしてこんなことが気になるの」
先輩の目が私の目に向いている。
先輩もこの街を騒がせている怪現象の噂くらい聞いているだろう。
それが、たった一人の人間が焦点となっているポルターガイスト現象なのだと聞かされたら、笑うだろうか。
私はそれに答えないまま、別のことを言った。
「先輩が見たっていう怖い夢は、もしかしてお母さんを殺す夢ですか」
空気が変わった。おっとりとして優しげだった目元が険しくなる。
「どうして知ってるの」
その迫力に呑まれそうになりながら、私は言葉を繋ぐ。
「先輩が言っていた、『ありえない夢』って、
別居していていないはずのお母さんを、家の玄関で刺し殺す夢だったんでしょう」
269 :怪物 ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 01:50:31 ID:ScuN9+/G0
ガタン、と椅子が鳴って先輩が立ち上がる。
「あなた、占いが好きとか言ってたわね。そんなこと、勝手に占ったの?」
しまった。怒らせた。
ポルターガイスト現象の焦点となったことのある人間に、あの夢はどう映ったのか。
それを聞いてみたかっただけなのだ。そこになにかヒントが隠されていると思って。
けれど先輩は私の言葉を完全に誤解し、修正が効きそうにない雰囲気だ。
いや、誤解ではないのだろう。他人に触れられたくない部分を、土足で踏みにじったのは事実なのだから。
「ごめんなさい」
私は深々と頭を下げる。
「もういいでしょう。部活、行くから」
先輩のその言葉に、私は引き下がらざるを得なかった。
知らない人ばかりの3年生の教室の廊下を俯いて帰る。足が重い。『今度、ちゃんと謝らなきゃ』と思う。
そういえば、占いなんて暫くしていないことに気がつく。
間崎京子はどうやって真相に近づいたのだろう。またタロット占いでもしたのだろうか?
それとも、私のように目と耳を使って情報を集め、推理を重ねていったのか。
5時間目の休み時間に教室を覗いてみたが、あいつは席にいなかった。
朝、廊下ですれ違ったので、多分また早退だろう。
そういえばすれ違い様に、『母親を殺す夢を見たか』と問い掛けたとき、あいつは『見てない』と言った。
遅刻しそうだったので去っていく後姿を引き止めはしなかったが、あれは本当だったのだろうか。
確かにあいつの家は、地図上のオレンジの円の端の方にあり、
まだ見た夢を思い出せない人たちを表す、緑色の点が存在するエリアの中なのではあったが、
この不思議な現象が、単に距離によるアンテナの精度だけに依存している訳ではないのは明らかだ。
1年生のフロアに戻った私は、まだ帰宅せず残っている他のクラスの生徒たちから出来るだけの情報を得る。
そして地図を蛍光ペンで埋めていった。
やはりだ。
赤、青、緑という夢に関する3つの色は、バームクーヘンのようにはっきりエリアで別れているけれど、
中にはオレンジの円の外周にあたる緑のエリアの中にぽつりと青い点があったり、
青のエリアに赤い点があったりしている。
そういう子に追加取材を試みると、いずれも霊的な体験をよくするという言質が取れた。
270 :怪物 ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 01:54:27 ID:ScuN9+/G0
この私自身、木曜日に初めて見た夢を覚えていたのに、
住んでいる家は、金曜日を表す青い点のある半径エリアにあるのだ。
おそらく直感だか、霊感だかのイレギュラー的な個人の能力もここには影響している。
それを踏まえて考える。あの間崎京子が、まだ夢を思い出せない緑の点のひとつなどで収まっているものだろうか。
分からない。あの女独特の“得体の知れない感じ”のバックボーンがなんなのか、私にはまだ分からないのだから。
廊下や教室に人影もまばらになったころ、私はようやく蛍光ペンを置いた。
結局、高野志穂の他に、木曜日以前から夢を覚えていた人はいなかった。
高野志穂の家の近所に住んでいる子は居たが、その子は怖い夢を見ていることさえ気づいていなかった。
まあ、いい。出来る限りの精度は上げた。
地図に落とされたボールペンの丸をもう一度見つめる。
急ごう。
地図を鞄に仕舞い、私は校舎を後にする。
早足で歩き、一度家に帰って自転車を手に入れる。
サドルに跨りながら空を見上げると、まだ陽は落ちていなかった。
さあ、行こう。そう呟いてペダルを漕ぎ出す。
途中、思いついて公衆電話に寄ろうとした。
しかし、ちょうど通り道にあった公衆電話は、例の『お化けの電話』だ。
なんとなく嫌だったので、少し遠回りして別の公衆電話へ向かう。
ほどなくして電話ボックスにたどり着き、自転車を脇に止めて、中に入って受話器を上げる。
テレホンカードを入れて、覚えている番号をプッシュする。
コール音が数回鳴ってから相手が出た。いないだろうと思って、留守番電話に入れるつもりだったのに。
仕方がないので、忙しいから今日は会えないということを伝える。
271 :怪物 ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 01:58:10 ID:ScuN9+/G0
案の定、ケンカになった。
毎週金曜日に会う約束をしていたのに、これで2週連続私からドタキャンしてしまった。
だからと言って、別に浮気をしているワケではない。止むに止まれぬ事情があるのだから。
逆に私へのあてつけのように、今夜は女を買うなどと口にしたことの方がよほど許せない。
「死ね」と言って電話を切った。
電話ボックスを出たときは、頭に血が上り冷静さを欠いていたが、
しばらく自転車を漕いでいると、次第に我に返ってくる。
いけない。方向が違う。
自転車のカゴから地図を取り出して確認する。この辺りはまだ青のエリアだ。ハンドルを切って方向を修正した。
立ち漕ぎで先を急ぐ。
景色がヒュンヒュンと過ぎ去っていく。
その中へ溶けていくように、涙がひと筋だけ流れて消えていった。
ホントに、私はなにをやっているのだろう。
駄目だ。このところ心と身体のバランスを崩している。
ちょっとしたことで落ち込んだり、悩んだり。
今もこんな訳の分からないことで、いつの間にか必死になっている。
いったい私はどうしてしまったのか。
『あなた、ちょっと変わったね』と、昨日の夜先輩は言った。
高校に入ってから、私は変わり始めてしまったらしい。何故なのだろう。
剣道部を続けていた方が良かったかも知れない。
そう思いながら自転車を漕ぎ続ける。
気がつくと、私は赤のエリアに入っていた。そしてその最深部までは目と鼻の先だった。
ただのありふれた住宅街だ。今はなんの不吉な印象も受けない。
なのに緊張してしまうのは、頭で考えてしまうからなのだろう。
三差路の角を曲がったとき、私は心臓が止まるほど驚いた。
コンクリート塀に、電信柱が無造作に立てかけられている。
元あったと思しき場所には穴が開いていて、
そこからまるで力任せに引き抜かれたかのような痕跡が、地面のひび割れとなって現れていた。
電線の角度が変わって、片方はピンと張り、もう片方はたわんでブラブラと揺れている。
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