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『神隠しの記憶』2/2

「『神隠しの記憶』1/2」の続き
原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「かげなりさん」 2012/04/10 14:18

この火事をどう説明すればよいのだろうか。藤宮はそう考えていた。
食欲がなく毎日夜食を捨てるでもなく隠していたら、夏場の蒸々とした気候によって発酵による酸化反応云々……
ダメだ、現実味が薄い。何よりそれでは私の不手際だ。
何も悪い事をしていないのだ。信じてもらえるかは別にして、正直に話すのみ。
そう思い母屋へ向かおうと振り向くと、そこには呆然として立ち尽くす源一郎の姿があった。
「何で…?清人叔父さん…」
清人叔父さん?
『清人』…先刻、都美子が言っていた名だ。
源一郎は屍の如く虚ろになりながらも、ブツブツと呟く。
「二人も…女をあてがったじゃないか…
 もう多摩子はいないんだよ?
 俺も殺す気なのか?俺はあの時、まだ子供だったんだぞ」
訳の解らない事を喚いている。
そうこうしている内に、もう一つの光源が生まれた。
母屋が燃えている…。
「源一郎さん、母屋も火が上がっています。中に誰もいませんか?」
そう藤宮が問いかけても、源一郎はそこを動こうとしない。
乱心なされたか。仕方ない自分が消火するしかない。
藤宮は早速発症した筋肉痛の足を引き摺り母屋へと走った。
しかし火の手は絶望的だった。母屋は書庫のある離れより高い火柱が上がっていた。それは猛り狂う大蛇の如く。
ただ見ているしかない藤宮の前に、木の陰からひょこっと都美子が現れた。
「都美子さん、ご無事だったのですね」
藤宮は安堵からか、思わずいつもより大きい声で言った。
「藤宮さん…」
都美子の目は、源一郎のそれと同じくどこか虚ろだった。
すたすたと歩いてこちらへ来たかと思えば、藤宮を通り越して母屋の玄関の前に立っている。
「都美子さん?危ないですよ、その近さなら十分火傷の恐れがあります」
藤宮の声にも耳を貸さない。
「何を言ってらっしゃるのですか?藤宮さん。
 社交界へ行く私をひき止めて下さるのですか?」
社交界?都美子さんは何を言っているのだ?
「本当に危ないですよ」
ひき止めようと動く藤宮の足に感覚が無くなる。
筋肉痛?いや違う。
「邪魔をするな」
炎の中から男の声が頭に響く。
金縛り?遂には全身の言うことが効かず藤宮は地に伏せた。
「清人さんは、私の事を大切に思ってくださる…
 一緒に死ぬことも憚らない」
都美子さんも乱心しているようだった。
藤宮はその清人という男に怒りを覚えた。
「行ってはダメです」
だがもう、そんな言葉は都美子に届かなかった。
今度は本当に都美子の顔から滴が落ちるのを確認した。
「清人さんに嫁げば、もう家の心配はいらない、後悔はない…
 でも一つだけ、後悔するなら。
 私は藤宮さんに出会って、損してしまいました」
そう言って都美子は燃え盛る炎の中を、ゆっくりと消えていった。
火の中に黒い影が見える。
「ハはハハハハハハハハハははははハハハはハハハははハハハハハハは」
陽炎が揺れるように、歪な高笑いが聞こえた。
これが、清人なのだろうか。

下宿を失った私は、学生寄宿舎に移った。
久しぶりに書庫の無い生活を送るうちに、自分がどれだけ本の虫だったかが判った。
活字を見ない時間は、それだけで耳が良くなる。
声が小さかっただけで、予てよりの噂だったそうな。
私は寄宿舎で、元々の源一郎の家、『相馬家』についての噂を耳にした。
江戸時代からの由緒正しき名家、相馬家。
相馬家当主、相馬清治は三人の子宝に恵まれた。
長男・相馬清源
次男・相馬清人
長女・相馬多摩子
である。
清源の息子が源一郎であり、
ここからは大方予想がつくと思うのだが、次男清人と実の妹である多摩子が禁断の恋に堕ちてしまったのである。
当然それを良しとしない相馬家は、二人を無理矢理引きはなそうとする。
酷たらしい悲恋に終わるならと、二人は屋敷に火を放ち、心中を図ったそうだ。
炎に崩れ逝く屋敷は、二人だけの社交界だったのだろう。
しかし、幸か不幸か、長女・多摩子だけが救助されてしまったのだ。
そんな珍事を起こした相馬家は面子を潰され、逃げるように土地を離れた。
清人の亡骸を残して。
それから、大きな書庫があるこちらの別荘に越して来たようだ。
しかし程無くして多摩子がカミソリで手首を切り自殺。
それからというもの、相馬の土地や建物は、遠縁であろうと続々と謎の不審火に見舞われることになる。
清人は今も二人を引きはなす相馬家に復讐をしているのだろう。
多摩子を探しながら…。
あの時の源一郎の言葉を思い出す。
『女をあてがう』
恐ろしい想像をしてしまったが、外れてはいないのだろう。
きっと私に夜食を持って来ていた人間は皆、清人への目配せだったのだろう。
そう思うと、都美子が不憫でならない。
あの時私は、本当に金縛りだったのだろうか。
行く手を塞ぐ炎に足がすくんだだけだったのではないか?
未だに臭い立つ、焼けた木の臭い。
私はその臭いと共に、この記憶を鼻にしまっておいた。


原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「かげなりさん」 2012/04/10 15:09


「御嬢さん、その男は何と名乗ったのですか?」
舞台はまたもや鶴田珈琲に戻る。
「相馬…清人…」
常連の二人は声を震わせながら言った。
「清人はまだ多摩子を探しているのですね」
特に旨くもない珈琲を啜りながら藤宮は言う。
「その後相馬源一郎は首を吊って自殺。ついには相馬家は、誰一人いなくなったそうなのですが…」
あまりの話に二人は息を飲んだ。ここが平成の世であれば、『ドン引き』と形容されたろうか。
「でもおじ様は、どうしてそんな話を忘れていたの?」
いつの間にか話に食い入り、藤宮のテーブルに乗り出した常連は聞いた。
藤宮は何も言いたくないのか口を紡いだ。
すると喫茶店の店主が、
「この男にも、色々訳有りで、その色んな記憶はしまっておくしかないんですよ」と言ったが、しかしそれはまた別の話だ。
「じゃあ、何で私達の話で、清人だと判ったの?」
藤宮はやっと口を開く。
「糸を買うと仰っていたからです。
 源一郎が自殺する前に引き渡された繊維工場は、そのまま益々発展し、あの町の一大産業となっているので、
 もしやと思ったのです。
 できることなら、あの町にはもう近付かない方が身のためです」
二人は真剣にその話を聞いた。
「清人はもとより、源一郎のしでかしたことはとても恐ろしい事です。
 結局の所、神棚を隠す白布の意味は分からず仕舞いでしたが…
 それは清人の死を忘れていないという、清人に対する必死の訴えだったのか。
 それとも、目配せに出した女子に対する贖罪なのか。
 何にしても、布を被せるほどの神に見せられぬ悪行、それが神隠しだと思うのです。
 あなた達も犠牲になってはいけません」
話を聞き終えた二人は、口をあんぐりと大きくあけていた。
「すみません。つまらない話を長々と、お時間を無駄にしてしまいました」
藤宮は軽くお辞儀をした。
すると常連の一人はこう言った。
「ううん、おじ様のお話すごかった。何だか今日は得しちゃった」
常連の女子の顔を見るに、藤宮はハッとした。
「また会ったら、別のお話聞かせてね。
 私は啓子」
「私は忍」
二人はそう自己紹介して、喫茶店を後にした。
「啓子さんに忍さん、覚えておきましょう」
そう言って藤宮は右薬指の爪を触った。
そして懐かしい気持ちになっていることに気づいた。
「なるほど。啓子さん、あなたはどことなく都美子さんに似ていらっしゃる」
都美子の記憶がしまわれた鼻に珈琲の香りが漂う。
旨くもない珈琲だが、香りは一級品だ。
やはり人生は損得があった方が、少し面白い。
そう言ってまた、藤宮は珈琲を啜るのであった。


さてさて、神隠しの記憶はここまで。
それでは藤宮が何かを思い出す時、またお会いしましょう。

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