※この話はオッサン向けです。
原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「山下の息子さん」 2011/06/07 00:32
高校に入学して間もなく、私はクラブ活動でバスケットボール部に入部した。
不精で運動音痴である私が、なぜ帰宅部でなくそのような体育会系の組織に所属したかと言えば、
高校に入って初めてできた友人に誘われたからであった。
その友人は樺澤(かばさわ)くんという名前で、
バスケットというよりはアメフト選手みたいな、背は高くないががっしりとした体躯の男であり、
その横に広がった大きな口や、離れ気味の小さな目、低くて大きな鼻から、何となくカバを連想させる男であった。
その影響で彼は中学時代までムーミンというあだ名であったということで、
彼は自分で自分のことを『俺』や『僕』ではなく、『ムーミン』と称していた。
彼はいつも、がっしりとした体躯とは真逆のオカマみたいな声や口調であり、
動きもどこか女っぽく、モジモジ、ナヨナヨしていた。
何か自分の主張を話すときも、「ムーミンはさぁ……」といった感じで、
少し口を尖らせながら、ぶりっこに話しだすのが彼の特徴であった。
私も彼に従い、彼のことを『ムーミン』と呼ぶことにしていた。
「ムーミンは部活何にするの?」
私が訊ねると、彼は「キミと一緒のにするー」と言って、はにかみながら微笑んだ。
「じゃあ俺、帰宅部だよ」と私が返すと、彼は少し頬を膨らませて怒った様子を見せながら、「それじゃモテないよ」と言った。
ムーミン自身はオカマタイプで、女性に興味があるのかないのか分からないような感じであったが、
それよりも彼はなぜか私のことを心配していた。
私に全く女っ気がなく、私が童貞であること察知すると、彼は私に彼女ができるよう色々と世話を焼いてくれたのであった。
「今ってさぁ、バスケットが人気あるんだってよぉ」
ある日、ムーミンは内股で尻を振りながら私に駆け寄ると、そのように話しかけてきた。
なんでも、読売新聞に『バスケ部の男子がモテモテ?』という内容の記事が載っていたらしく、
彼はそれを報告してきたのであった。
記事の内容は、漫画のスラムダンクの影響でバスケットが女子に注目されており、女子はバスケ男子に夢中というもの。
ムーミン自身は大のサッカーファンであったが、彼はサッカー部には入らず、
そのような理由から、私に一緒にバスケットをやろうと薦めてきたのであった。
私の高校は男子校の進学校であり、大学受験予備校のような感じでスポーツには力を入れておらず、
バスケ部の練習内容もきついものではない。
しかし、それでも私がこの話に乗り気でなかったのは、
いかにバスケットが本当に女子に人気があったとしても、
男子校の中でいくら練習しても、女子に見てもらうチャンスが一切ないからであった。
試合に出て活躍すれば他校の女子に見てもらうチャンスがあるかも知れないが、
私は運動音痴な上、私の学校はスポーツに力を入れていないから全国の高校で最弱の部類であり、
大会などで活躍する可能性も皆無であった。
それでも、「やろーよ、やろーよ」「モテよーよ、モテよーよ」とムーミンがしつこく誘うので、
とりあえず私は仮入部のような形でバスケ部に入部した。
しかし私は入部当初から、どのようにしたら角を立てずに穏便にフェード・アウトできるか、
つまり、せっかく私のためにあれこれ手を焼いてくれているムーミンを傷つけず、本入部を辞退できるかを思案していた。
しかし結局、私たちは2人とも本入部したのだが、それにはバスケ部のある先輩の影響があった。
その先輩は佐戸川(さどかわ)先輩という名前で、端正な顔立ちの、切れ長の目をした、薄い口唇で、短髪の男であり、
私よりも少し背は低かったのだが、スタイルが非常に良く、小顔で、足が私より20cmくらい長かった。
性格はどちらかと言えばクールな、スラムダンクの流川のような印象であったが、
運動神経が良い上、面倒見の良いところがあり、運動音痴である私とムーミンにも丁寧に指導してくれた。
しかし私に男色の気はないので、
そのような良い人がいても、バスケ自体にやる気がない以上は本入部する動機にはならない。
が、ある出来事があった。
「よお。お前ら、カラオケ付き合えや」
佐戸川先輩はそう言って、こちらの返事も聞かず、練習後に有無を言わさず私とムーミンをカラオケに連れて行ったのだが、
そのカラオケの場に途中から、うちのバスケ部のマネージャという女性が合流したのだ。
女性は金髪で、ラルフローレンのカーディガンに、チェックのミニスカート、ルーズソックスという、
当時のコギャルの典型的なスタイルであった。
左腕を骨折しているようで、ギプスで固定し、包帯で首から吊るしていた。
「どうもー。よろしくねー。マネージャーでーす」
彼女はそのように我々に挨拶し、骨折していない右手で握手を求めてきた。
私たちの学校は男子校で、女人禁制という訳ではないだろうが女子マネージャなどいるはずがないし、
練習中にも見かけたことはないのだが、彼女はそのように自称していた。
彼女は名を面(おもて)ヘラ美と言い、華奢な体、端正な顔立ちで、クリっとした大きな目と、
華奢な体に似合わない、大きな胸が印象的な女性であった。
佐戸川先輩と同じ高3ということであり、同じ学校ではないのだが、私は彼女を『ヘラ美先輩』と呼ぶことにした。
本入部後に気づいたのだが、
ヘラ美先輩は単に当時の佐戸川先輩の恋人というか、非常に女性にモテる佐戸川先輩の数ある相手の内の一人で、
情婦のような存在であり、マネージャでも何でもなかった。
このカラオケは言わば、佐戸川先輩による私たちの本入部への勧誘活動であり、
彼女がカラオケに来たこともその一環なのであった。
しかし、童貞で世間知らずであった私は、そのような謀略には一切気づかずに、
ヘラ美先輩が歌うglobeなどを聞いてはその可愛らしい歌声にうっとりし、
時おりこっそりとヘラ美先輩の胸に目を向けては、ニヤニヤ、デレデレしていた。
それどころか、ヘラ美先輩が少し体を密着させる形で私の隣に座ったり、
私が飲んでいたアイスコーヒーを「ちょっと、ちょーだい」と言って、私のストローをそのまま使って飲んだりしたので、
私は『この女、俺に気があるな』くらいに勘違いすらしていたのであった。
そのような術中にまんまとハマり、私はヘラ美先輩と仲良くしたい一心で、バスケ部への本入部を決めた。
先に述べたように、実際はヘラ美先輩はマネージャではないので、練習に参加することはなく、
私が彼女に会う機会はそんなに多くはなかった。
しかし、佐戸川先輩の下校を待っているのか、時おり校舎の外で私が彼女を見かけると、
彼女は「やあ。元気ー?」と、いつも明るく私に声をかけてくれた。
男子校で男ばかりの中で苦しい日々を過ごし、女性と話す機会が全く無かった当時の私にとって、
彼女の存在は一服の清涼剤であった。
男子校に入ったことがない人は分からないかも知れないが、
男色の気がある人以外には、そこはある意味で『生き地獄』のような場所であった。
例えばこのような状況が、男子校の日常としてよくある光景であった。
ある日の休み時間の教室内。私の隣の席のムーミンが、私に対して好きなサッカーの話を熱心に語っていた。
私はサッカーにはほとんど興味がなく、机に伏して寝るような形で彼の話を聞いていたのだが、
やがて彼の話は、彼がファンであったサッカー解説者のセルジオ越後の話になった。
私はサッカーに興味がないのだから、セルジオ越後なんてなおさら興味がない。
「だからさぁ、セルジオさんの解説は正しかったんだってぇ!」
ムーミンはそう言いながら私の肩を叩いた。
数日前にサッカーの試合があったそうだが、
その時のセルジオ越後の解説が間違っていたのではないか、という世間のサッカーファンの疑念に対して、
ムーミンは必死に否定していたのであった。
しかし私はその試合を見ていないし、セルジオが何を言ったかも知らないので、私には全く関係がない。
私は彼の話を無視し、目を閉じて、しばらく眠りに就くことにした。
すると、足音がして、私の机の前に誰かが来たようであった。
「やばいって!マジやばいって!」
そう言って机に伏して寝ている私の肩を叩いてきたのは、同じクラスのちょっと不良っぽいスキンヘッドの男であった。
私が何かと思って顔をあげると、スキンヘッドは私の目の前でズボンを脱ぎ、怒張したイチモツを丸出しにした。
「マジやばいって!収まんねえって!ぎゃはははっ!」
スキンヘッドはそう言って、イチモツ丸出しで笑っている。
スキンヘッドの隣には、彼の友人のギャル男みたいな男がいた。
「ぎゃははは!オメエ、ツヤいいな!今日すごくツヤがいいな!ぎゃははははっ!」
ギャル男は、スキンヘッドのイチモツの先端の艶がいいと笑っている。
ああ、汚い。ダメだ。男子校はダメだ。男子校に入ったのが人生の失敗であった。
私は目の前の、
破廉恥。
卑猥。
不潔。
変態。
ホモ。
と、ハ行が全部揃う凄惨な光景を前にして、げんなりした気持ちになり、
再び目をつむって、現実を忘れるべく妄想体制に入った。
ここが女子高ならどんなに良いだろうか。
瑞々しく、可憐な女子高生たちの、華やかな会話。
実際の女子高の実態は知らないが、少なくとも現状のように、イチモツを丸出しにして馬鹿笑いすることはないだろう。
私はその時ふと、自分は女子高のベンチになりたいなと思った。
校庭の隅にある女子高のベンチ。
休み時間ともなれば、女生徒たちが私に群がり、次々と私の上に座る。
沢山の女生徒が私の周りを囲み、華やかな会話をするのだろう。
ああ、ベンチになりたい。
私は女子高のベンチになることを、神様に強く念願することにした。
ベンチになりたい、ベンチになりたい、ベンチになりたい。
そう強く念願して目を開けば、目の前は女子高で、今まさに休み時間。
女生徒達がにこやかに駆け寄ってきて、私に座るべく尻をこちらに近づけてくる。
神様に強く念願すれば、そういう夢のようなことが起きるのではないか、そんな気がした。
男子校にいる現状に苦しむ私に、神様が救いの手を差し伸べてくれるのではないか、そんな気がしたのだ。
ベンチになりたい。
ベンチになりたい。
ベンチになりたい。
私はそう神様に強く念願して、目をつむったまま顔を上げた。
きっと目の前は女子高に変わっている、女子高だ。女子高になってる。きっとそうだ。
私はそう祈りながら、クワッ!と勢い良く目を開けた。
「ぎゃははは!ツヤいいな!まじツヤいいな!ぎゃははははっ!」
しかし目の前では、汚い男達がまだイチモツの艶の会話をしていたのであった。
はぁ、ダメか。私が落胆しながら、ふと横を見ると、ムーミンはまだセルジオ越後の話をしていた。
「セルジオさんってさぁ。けっこう素敵だよね。話し方とかさぁ、理知的な感じで……」
だからセルジオは興味ねえって言ってるだろ!
私はそう思いながらふと、このカバ男のムーミンがフーミンならいいのにと思った。
フーミン。細川ふみえ。
当時としては珍しいFカップの巨乳で売り出していたタレントで、我々のセックス・シンボルのような存在であった。
ムーミンがフーミンならどんなにいいか。
フーミンの話なら、セルジオ越後の話を聞くのも苦ではない。
柔らかそうなFカップの胸を見つめながら、いつまでも話を聞いていたいものだ。
ムーミン、フーミンになれ。
ムーミン、フーミンになれ。
ムーミン、フーミンになれ。
私は再び目をつむり、神様にそのように念願した。
きっと目の前では、フーミンがFカップの巨乳を揺らしながら私に微笑みかけているはずだ。
私は顔を上げ、クワッ!と勢い良く目を開けた。
しかし目の前では、相変わらずカバ面のムーミンが、バカ面でセルジオ越後の話をしているだけなのであった。
話がだいぶ逸れたけれども、そのように男子校は劣悪な環境であったので、
当時の私のほとんど唯一の楽しみは、ヘラ美先輩に会うことであった。
ムーミンはと言うと、彼はそんな私の気持ちを応援したい、私がヘラ美先輩と付き合えるよう応援したい、という事で、
あれこれ私にアドバイスするようになった。
ヘラ美先輩は佐戸川先輩と一応付き合っていたのだが、
私は段々とムーミンの熱意に押される形で、私の中にヘラ美先輩への恋心が徐々に芽生えていった。
佐戸川先輩に連れられ、ムーミンと共にヘラ美先輩とカラオケに行ってから一月ばかりした頃だろうか、
バスケ部の練習を終えてムーミンと共に校舎を出ると、校舎を出てすぐの電柱の影に佐戸川先輩とヘラ美先輩がいて、
何やら2人で話し込んでいた。
ヘラ美先輩は涙を流していて、佐戸川先輩は彼女の顔を見つめながら、表情ひとつ変えず低い声で何かを話していた。
喧嘩中かな?私はそう思って、
聞こえるか聞こえないかくらいの声で「お疲れした」と言いながら、2人の横をそそくさと通り過ぎようとした。
しかし通りすぎる瞬間、私は何か彼らの様子に違和感を覚えた。
以前にカラオケに行った時のヘラ美先輩の骨折、これはまだ治っていないようで、彼女はその時もギプスをしていたのだが、
ギプスをしているのが右腕であった。
「あれ?ヘラ美先輩の骨折してたの、右腕だったっけ?」
喧嘩中と思われる2人から充分な距離を離れた後、私がムーミンにそう訊ねると、
ムーミンは「ムーミンも変だと思ったよぉ。あの時ゼッタイ左腕だったし。おかしいよねぇ」と言った。
ムーミンは細かいことによく気が回る方で、些細なことも注視してよく覚えているタイプであったため、
ムーミンがそう言う以上、私の違和感も間違ってはいないようであった。
「まあ、でも左の後に右を骨折したのかもね」
私は深く考えずに、そのように話してお茶を濁した。
「でもヘラ美さん、すごく辛そうだった」
ムーミンはそう言い、ヘラ美先輩の怪我よりも、彼女が泣いていたことを帰り道にずっと気にかけていた。
「『変愛』2/2」に続く
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