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『夢の中の黒い門』1/2


原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「鴨南そばさん」 2010/04/27 02:31

目の前には肉。白い大きな皿に盛られたステーキ用の肉がある。ジュウジュウと肉の焼ける匂いが食欲を刺激する。
付け合せのポテトやニンジンはない。僕はあの妙に甘いニンジンは嫌いなので、嬉しく感じている。
お腹すいた。
ニンジンは嫌い。
飲み物はワインかな。
ステーキ食べたい。
ああ、美味しそうだ。もう食べてもいいのかな。
さあ食べようというときに、テーブルを挟んで同席している女が口を開く。
「        」
僕はそういうものかと思い、ステーキ用のナイフを掴む。そしてゆっくり押し当てる。
切味の悪いナイフは中々進んでいかない。
早くステーキ食べたい。
「        」
それはそうだ。
その言葉に納得し、力を込め前後に動かすと、刃が食い込んだ。肉を切る感触が手に伝わろうとする。

目が覚めると駅のホームだった。


学生時代に、僕はとあるアルバイトをしていた。
アルバイトの性質上、僕のシフトは夜が通常勤務する時間だ。
完全に夜型の人間になるのにそうは時間がかからなかった。
もう少しで区役所の気の抜けたメロディーが聞こえる時間になってしまう。出掛けるまでそうは時間がなさそうだ。
起きぬけの頭で何通かのメールを返し、何通かのメールを新たに送る。
シャワーを浴び戦闘服に着替え、バイト先へと向かう。

「ずーっと続くんだよ、怖くない?」
そのお客様はモエさんという、新規の方だった。
モエという名前からは連想がつかないほど彫りのはっきりした顔立ち。
だが決して不美人というわけではない。寧ろ、顔だけで言うならば、その辺の女性など相手にはならないだろう。
切長の目。肌の質感。スタイル。髪のつや。艶やかさ。
どれをとっても本物以上の美しさ。彼らは『本物』以上だ。
そういったプライドも手伝ってか、男が想像する女性観に非常に近い。仕草やしゃべり方、そして魅せ方。
「怖いと思うから、怖いんだよ」
「でも、終りがないのに歩き続けるんだよ、怖い」
彼は両手を顔の前で握り締め、このところ多くみる悪夢の話をする。
自分がみる悪夢はとてつもなく怖く感じる。しかし、人に聞かせても怖いと思われないことはざらにある。
それは主に、夢を見るシステム上のものだと僕は思っている。
夢はもっとも日常的な幻覚の一つだ。
脳が怖いと錯覚しながら見る夢は、怖いのだ。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、それのどれともリンクが曖昧なことが寝ている状態を指す。
全くリンクが無いとは呼べないが、それを意識することはほとんど無いだろう。
ということは、夢は脳内で処理されていると言っても良いだろう。
ほぼスタンドアローンの状態で脳が見せる幻覚。それが夢だ。
感情がダイレクトに流れ込んで、その現象に後付けの影響を与えても、何らおかしなことではない。
「何でこの怖さが伝わらないかなあ」
「夢ってそういうものだよね。僕の友達の話なんだけど――」

僕は、バイトを斡旋してくれた先輩が見た夢の話をした。
巨大なモヤシ畑で一人立ち尽くす、というシュールな夢だ。
モヤシ畑なるものが本当にあるかどうかは分からない。だが、彼は非常に怖い夢として僕にこれを語った。
『モヤシが凄い勢いで伸びるんだよ、怖いだろ』と僕にその夢を語るのだ。
先輩は僕のリアクションが気に入らなかったのか、怖いと言わせたいようだ。
変な夢だとは思うが、怖くはない。
彼の幼少期に、モヤシにまつわるトラウマを持っているという類の話も聞いたことがない。
怖いと感じる脳の部位が、そういう指令を出したんだろう。

「なにそれ、全然怖くないじゃん」
「でしょ?本人は怖いらしいんだけど、聞いたほうはそんなに怖くないんだよ」
「あぁ、じゃあ私の夢も怖くないのかもね」
「そうそう、気のせいなんだよ」
「でもね、悪い夢を追い払うお守り使ってから、怖いの見るようになったんだよね」
「ドリームキャッチャー?」
「それそれ。昔流行ったヤツ」
彼は元々夢を見ない方だったらしい。
夢を見ないということを友達に酒の席で語った。同じ職場で働くホステス(?)同士の飲み会だ。
酒の席でのことだったので、さして気にも留めていなかった。
しかし、数日後に友達の一人から、そのドリームキャッチャーを貰ったという。
クルマや部屋の装飾目的で一時期流行ったアレだ。
テレビドラマで使われたことにより爆発的に人気が広がり、今ではほとんど見る事は無い。流行などそういうものだ。
友達によると、一週間連続で使うと幸福になるアイテム、という触れ込みだった。
『夢を見ないならこれで試してみてよ』と、強引に押し付けられたらしい。
今まで夢を見たことがほとんどない為、その効力は信用していない。
だが、せっかく友達から貰ったものを試さないのも申し訳ない。
そこで使い始めたところ、夢どころかむしろ悪夢を見るようになってしまったのだという。
彼はたった三日で根をあげてしまった。
悪夢は連続した夢であるらしい。
まず一日目に見た夢は、大きな門を開けることだったという。門を開けたところで夢から覚めたようだ。
二日目にはその門から中に入り、道を歩いている夢。
そして、三日目も道を歩く夢だという。
この長い道をずうっと歩き続けるのが、彼にとって非常に大きな恐怖を感じるのだという。
僕には道を歩き続けることの、どこが怖いのかが分からない。
終わらない道を歩き続けるのに不安を感じるならまだ分かる。彼は歩く行為が怖いのだという。
「友達に事情を話せばいいじゃない」
「うぅん。貰った次の日から連絡取れないんだよね」
あの子忙しいから、といい訳のように続ける。
「捨てちゃえば?」
「それがね、捨てても捨てても、手元に戻ってくるんだよね」
僕は得体の知れない恐怖に駆られた。
それではまるで呪いの人形ではないか。
軽はずみな言葉を出したことを僕は後悔した。
この後の流れは恐らく容易に想像できるだろう。
「誰か貰ってくれないかな」と言いながら僕を見つめる彼。
客商売である以上、ここで断る選択肢は無いと言っても過言ではない。
「じゃあ僕が貰ってあげようか」と言ってしまった。

その日の内に彼の家に赴いた。正確には翌日の早朝になるのだが。
ソファーに座り待っていると、部屋着に着替えた彼が僕の隣に座る。
「これ」と言って、僕に件のドリームキャッチャーを渡してきた。
一見すると、普通のドリームキャッチャーに見える。手のひらよりひとまわり程大きい物体。
だがその完成度は、ほいほいと人に譲渡するような代物でないことは分かる。
ドリームキャッチャーの通常の形は、木で出来た円状の枠に、クモの巣の形状を模した網が張られている。
そして、その周りを羽根や石またはビーズで装飾する。石はターコイズか、それに似せた模造石が一般的だ。
枠の上部には、吊るし用の紐がついている。
現物が見たいのであれば、ドリームキャッチャーの画像検索をすれば簡単に見ることが出来る。
だが、それは少し変わった形をしていた。
おかしい所を挙げるとすれば、その飾りだろう。
羽根ではなく、葉のようなヒラメ状のモノがヒラヒラと垂れ下がる。
『葉のような』というのは、中心部の支柱から細かい枝が無数に生えているからだ。
飾りに使われている石は、紫がかってくすんでいる半透明な石だ。
枠である輪は、木ではない素材で出来ている。白いゴツゴツしたモノが編みこまれるように輪を作っている。
子供のころに女の子が作る、草花で作った王冠の作りのようだ。
さらに、吊るし用の紐がない。
そして、特筆すべきは網が黒いことだ。
ドリームキャッチャーに詳しいわけではないが、大体は色が白い薄い糸またはヒモが使われている。
しかし、その網は非常に緻密で、シルクのような細い糸が細かく網目を作っている。
一言で言えば、「高そう」だ。
これをモエさんにあげた友達も、僕に引き取って欲しいというモエさんも、もったいないとは思わないのだろうか。
「ちょっと説明するね」
そうモエさんは言い、僕に語り始めた。
「友達から、これだけは守るように言われたんだけど。
 あのね、これは吊るして使うものじゃないんだ。これは枕の下に入れて使うんだって。
 わたしもそれ聞いて壊れないか心配したけど、結構丈夫だから安心して。
 それで、絶対に守らなきゃいけないのが、太陽と月の光に当てないことなんだって。
 枕の下にあるなら当たるわけないんだけど、これは絶対守って欲しいことだってさ。
 それで夢を見るから一週間頑張れだってさ」
そういう使い方もあるのだろう。
僕はむしろ説明が簡単であることに安堵した。長々続くようでは僕のハードディスクでは覚えきれない。
枕の下に置いて寝る。太陽光・月光に当てない。これだけだ。
説明が終わり、僕に渡し終わると安心した表情のモエさんは僕を誘惑してきた。
もちろん、僕にはそっちの気はない。早々にその部屋を後にした。

太陽が眩しい時間。僕にとっては就寝時間だ。
枕の下に置き、期待も不安も無く眠りについた。

昔、母親と一緒に上野に遊びに行った。
動物園は僕にとって最も行きたくない場所の一つだ。
動物が嫌いなわけではない。あの匂いがダメなのだ。
夏の暑い時期に行ったのも問題があったようだ。
とにかく僕は、初めての動物園で二度と行きたくなくなってしまった。
そして今。あの匂いが僕を包んだ。嫌な気分だ。
目の前にある見上げるような大きさの門。
『Per me si va ne la città dolente
 per me si va ne letterno dolore
 per me si va tra la perduta gente.

 Giustizia mosse il mio alto fattore
 fecemi la divina podestate
 la somma sapïenza e l primo amore.

 Dinanzi a me non fuor cose create
 se non etterne e io etterno duro.
 Lasciate ogne speranza voi chintrate』
門にはそう刻まれてあった。
はっきり言ってさっぱり意味が分からない。
日本語でも英語でもないことぐらいが辛うじて分かる程度だ。
パル?メ シ バ ネ ラ?
何だか良く分からない文章を読むことほど苦痛なことは無い。
当然のように無視した。
真っ黒な巨大な門は細かい彫刻がいくつもあり、手の込んだものと一目で分かるものだ。
だが、周りにはその門以外には何も見当たらない。文字通り、何もだ。
周りは白い空間が延々と広がり、その黒い門の存在感が際立つ。
門というのは通常は入り口か出口であるはずだから、その入り口たる建物があってしかるべきだ。
白い空間にぽつんとその大きな門以外は、ない。
してはいけないことだが、僕は裏手に周り込んだ。
どうやら裏表がないらしい。例の長い文章が刻まれ、先ほどまで見ていた光景と全く同じものがそこにはあった。
さて、どうやって開けるか。
試しにその門を思い切り押してみた。
意外なことにその門は見た目と違い、非常に軽い音を立てて、簡単に開いた。

ピリピリとアラーム音が鳴る。
携帯を掴み、停止ボタンを押す。
携帯電話を目覚まし時計にしている人は多いだろう。僕もその一人だ。
今まで見たものは、間違いなくモエさんの言っていた悪夢なのだろう。
珍しいことではないが、夢を見ているときにそれには気付かなかった。
あの現実感は脳が夢を見ている証拠にもなる。
起きて初めて夢を見ていたことに気付かされた。
早速モエさんにメールを送り、先ほどまで見ていた夢の内容と共に感想を言った。
次は歩く夢か。
そう考えながら、バイトに行く準備を始めた。

その日眠りに就こうとすると、バイトを斡旋してくれた先輩に食事に誘われた。
先輩に誘われるということは、それは決定事項に等しい。選択肢は、はい又はイエスのみ。
徹夜で飲み明かし、しかも財布をなくすという不幸に会った。
僕は次の日に、一睡も出来ないままバイトに行くという苦行を行う羽目にもなった。
慣れているからどうと言うこともないが、眠くて仕方が無い。

巨大な門が後ろにある。ああそういえばさっき門を開けたなと、一人ごちる。
前には道が続いていた。たしか裏手に周った時は裏面がなかったはずだが、今は目の前に道が広がっている。
幅十メートル程の広い道だが、橋と言ってもいいだろう。
その道幅の両端には暗闇があり、道ということが分かる。
もし後ろに門が無ければ、どちらが進行方向かすら分からない。それほど何もない道が続いていた。
前に進まなくてはならないという、不思議な義務感が僕を包む。門とは逆方向に歩き始めた。
先が続き、道の終わりが見えない。
ただ、道の外側は深い深い闇が広がっているのが分かる。これに落ちたら助からないだろうな、と想像する。
ただ黙々と歩き続ける。終わりが無い。
時間感覚も無い。さっき歩き始めたばかりのような気もするが、何日も歩いているような気もする。
終わりの無い恐怖か。確かにぞっとする。
足を踏み出すのを躊躇する。歩き続けるのが怖い。

ピリピリとアラーム音が鳴る。
あれ?ここは?
僕は自分が今起きたことに気がついた。
だが、場所はベッドの上ではない。何故か公園のベンチの上で寝ていた。
バイトの帰りに力尽きて仮眠をしたのだろうか。覚えていない。
何時間寝ていたのか検討もつかないが、アラームが鳴っているならばそろそろ行く準備をしなければならないのだろう。
そういえば一週間連続で見るんだよな、この夢は。
面倒な夢だな。面倒なことは嫌いだ。
歩くことが怖いという意味も分かった。確かに一週間もあの夢を見たくない。
僕の中で黒い行動原理が働き始める。

家に帰り、枕の下にあるドリームキャッチャーをゴミ袋に入れて、捨てた。
お客様からのプレゼントを捨てるなど言語道断だ。
だがこれは譲ってもらったものだからプレゼントじゃない。
僕はそう自分に言い聞かせ、罪悪感も一緒に捨てる努力をした。

次の日には、モエさんが言ったことは正しかったということが分かった。
捨てたところで、それは戻ってきていた。正確には、枕の下にあるのに気付いた。
何故か外で起きて、家に帰り、ベッドで寝る。起きたらまた別の場所。
家に帰り、枕をめくるとそこにはドリームキャッチャーがあるのだ。

またも僕は歩き続けた。
依然として道に終わりは見えない。一歩一歩が恐怖に変換される。
歩きたくない。だが歩かないといけないという強い気持ちが働き、足を止めることはできない。

ピリピリとアラーム音が鳴る。
またか。
今度はクルマの中にいた。初日以外はいつも起きる場所はベッドではない。
一体どういうことなんだろう。今回は確かにベッドの中で寝たはずだ。気付いたら、クルマの中。
モエさんにメールを送る。
返事は返ってこない。

「『夢の中の黒い門』2/2」に続く

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[ 2012/05/17 ] ホラーテラー | この記事をツイートする | B!


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