∧∧山にまつわる怖い・不思議な話Part36∧∧
204 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2008/01/07(月) 23:29:23 ID:XiMVgNU+0
私の同僚で、磯釣りに嵌っている者がいる。
釣具屋に入り浸り、ついにはそこの常連と有志で、釣り大会を開催することになった。
何故か釣りをしない私まで、手伝いとして駆り出される羽目になる。
常連客の中に大学の先生が居るのだが、その人が友人を一人連れてきた。
「こいつも釣りが好きでね。一番得意なのは坊主釣りだ」
「抜かせ。坊主はお前の方が多いだろうが」
中々に愉快な初老のコンビだ。
気に入られたらしく、色々と四方山話をしてくれた。
聞けばこの友人の方、地元の郷土史家もやっているらしい。
「史家ってほどのものじゃないがね。
早めに定年しちまったから、好きなことやらせて貰ってるよ」
私も好きな方なので、そちらの話で盛り上がった。
どういう流れだったのか覚えてはいないが、話の流れが地元の妖怪伝承になった。
いやまあ、そっちへ誘導してしまったのは、間違いなく私だろうと思うが。
「エンコってのを知ってるかい?」
史家が問うてきた。
「ここらでいうエンコウ(河童)のことですか?」と返すと、
「まぁ似てるんだがちょっと違う。いや、出自は一緒なのかもしれん。
エンコってのは幼子ほどの背丈でな。
四本指で川の深い所に棲んでるってことで、元々はエンコウから連想されたんだろ」
「詳しくはありませんが、それはエンコウと考えてもいいんじゃないですか。
ウの字が無いだけで、後はほぼ同一なんでしょう?」
「いや、エンコウは淵猿という別名があるほどで、古くから伝えられている妖怪だ。
夏は水に潜って淵猿になり、冬は山に籠もって野猿となるって輩ども。
儂の言ってるエンコってのはそんなに古くない。
おまけに、こいつを産み出しちまったのは、実のところ人間なんだわ」
205 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2008/01/07(月) 23:30:15 ID:XiMVgNU+0
「これは○○辺りの山奥の話らしいんだが、そこらはひどく貧しかったみたいでな。
間引きなんかも珍しくなかったそうだ。
良心の呵責があったせいかどうかわからんが、間引く際にけったい(奇妙)なことをしていたらしい」
「けったいなこと?」
「赤ん坊の指を、一本欠いてから間引いてたって。
で、その亡骸を集落近くの、一番深い淵に沈めてた。
『これは人間じゃねえ、エンコなんだ』って、そう自分に言い聞かせてから、事に及んでたんだろう。
どこからかエンコウの話を聞いてきた衆が、似たような物の怪をでっち上げて、間引きに利用してたって、
詰まるところそういう話だ。
だからここで言うエンコってのは、元々河童や淵猿なんかじゃない。
紛うことなく人間だった存在なんだよ」
「・・・何とも辛い話ですね。人を妖怪に仕立てて間引きしていたんですか」
「いや、内容がアレだから大きく喧伝されないってだけで、こういう類の伝承は各地に残されてる。
間引き自体はそう珍しい話じゃないしね。
ところがこの山村じゃ、話がここから更に変な方に転がっていくんだな。
子供を沈めてた淵、その周りで、本当にエンコが出るって噂になったんだ。
いや、エンコの所為にして間引きを始めてからどれほど後に、
そんな目撃談がされるようになったのかはわからんが」
206 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2008/01/07(月) 23:31:48 ID:XiMVgNU+0
「集落の者たちは戦慄したことだろうよ。
エンコなんてモノは元々いなかった筈なのに、実際に目撃されるようになった。
怨霊の類だってすると、そりゃ他でもねえ自分たちが撒いた種だ。
余所のエンコウや河童の昔話は、どことなくユーモラスなとこが見受けられるけど、
ここのエンコ話は、えらく陰惨なイメージで語られてた。
尻子玉抜いたりとか、悪さをしたってことは伝えられていないが、とにかく恐ろしい存在だってな。
ま、やってたこと考えりゃ仕方のないことだけど」
「一つお聞きしたいんですが、○○って地名、今の△△って辺りじゃないですか?」
「何だ知ってたのか。それならそうと言えよ。バツが悪いじゃねえか。
しかし、もう伝える者もほとんどいない話なのに、よく知ってたなぁ」
知らなかった。エンコなんて妖怪、それまでまったく知らなかった。
△△というのは、友人の住むマンションがある辺り一円の地名である。
まさかと思い適当に言ってみただけの話が、意図せず的中してしまった訳だ。
そうか。昔は山奥であったのだけど、今は開発されて、
マンションが立てられるような程良い山になってしまったということか。
沢山の黒い手形が、エレベーターの中に押されていたというエピソードを思い出した。
確か指が欠けたのも多いという話だったが・・・。
そして、仮設事務所の黒い手形や、結露した窓に押された手形の話も・・・。
エンコ、あの辺りにまだ居るのかもしれないな。
そんなことを考えている内、釣り大会は何事もなく終了する。
私と談笑した二人組は、残念ながら共に坊主であった。
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