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『手を引っ張るモノ』2/2

「『手を引っ張るモノ』1/2」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?229-1

680 :7/12:2009/10/05(月) 16:24:58 ID:9IzgCcHu0
ふと、私は目を覚ましました。
屋敷の中は静まり返り、人の気配はありません。
どうやら既に宴会は終わり、みんな寝静まっているようでした。
つい今までかたわらにいたソレの姿もありません。
障子はぴったりと閉まっています。
寝る前に私が閉めたときと同じように。それから一度も開けられてはいないように。
私はあわてて起き上がり、明かりをつけました。部屋には私以外に誰もいません。
どこに目を向けても、どこに目を凝らしても、私以外の何者の痕跡すらありませんでした。
私は気が抜けたように布団の上へと座りこむと、胡坐をかき、盛大にため息をつきました。
おかしな夢を見た。そういう結論に達し、額の汗を拭います。
昼間、そして夜の寝る前にあんな話を聞かされたから、夢にまで見てしまったのでしょう。
それというのも、全ては伯父さんのせいです。そう思うとなんだか腹立たしく、悔しい気持ちになりました。
明かりも消さずにごろんと布団へ横になり、憎々しい伯父さんの顔を思い浮かべます。
少なくとも、伯父さんがあんなに脅かしつけるような話しかたをしなかったなら、
こんな夢を見ることもなかったはず……伯父さんのせいでこんな夢を見ることになったのです。
こんな気味の悪い夢……。
そう。それは確かに夢であったはずでした。
けれど私は見つけてしまいました。額の汗を拭った右手。一見変わった様子の無い、普段どおりの私の右手。
その手首にはっきりと、手の形をしたアザがついているのを。
私は飛び起きて、そのアザをまじまじと眺めました。
アザの形がなんとなく手のように見える……わけではなく、一本一本の指先までがはっきりとわかるほど、
それは紛れも無い手の形でした。
さほど大きくはなく、私の手と変わらないくらいの大きさです。
だからはじめは私も、もしかしたら寝ている時に自分で自分の腕をつかんだのかも、そう思いました。
寝ぼけてきつく握り締めてしまったのだと。
けれどそんなはずはありません。皆さんも、自分の右手首を自分で掴んでみてください。
今、あなたの手首をつかんでいるのは、左手ですよね?
私の右手首に残されたアザは、間違いなく右手の形をしていました。


681 :8/12:2009/10/05(月) 16:26:05 ID:9IzgCcHu0
翌日。
私は常に戦々恐々としていました。
朝起きた時、顔を洗いに手水場へ行く時、トイレへ行く時、
とにかく一人でいるときはびくびくと周りを見回し、誰かに出会うたびに飛び上がらんばかりに驚きます。
まるで今もすぐそばにあの女の子がいて、不意に腕をつかまれたりするのではないか……。
こんなことになった原因は、何の因果か伯父さんに聞かされた話のおかげでわかっていました。
私が不用意にあの祠へ近付いたから、女の子の崇りを受けているのです。
もう、そうとしか考えられませんでした。
ならばどうすればいいのか。
私はとにかく、不用意に祠へ近付いてしまったことを、幽霊だか崇り主だかに謝らなければ。
そんな思いで、午後になってから一人で山へと向かいました。
祠に近付いてしまったことを謝るために、ふたたび祠へ向かっていく。
今になって思えば矛盾している行動でしたが、同時の私にはこれくらいしか思いつくことがなかったのです。

舗装されているハイキングコースをはずれ、草に覆われた道を川に沿って歩きます。
やがて道は川の水面より高くなり、さらに行けば落差が十メートルほどの谷となります。
その崖に沿ってさらに山の奥へと進み、山に入ってから二時間ほどが経過した頃でしょうか。
私は件の祠の前へと辿り着きました。
祠は前に来た時と少しも変わらず、とても古びていて、観音開きの戸は壊れ、中のお地蔵様は苔むしています。
気がつけば、屋敷を出るときには晴れていた空には重たい雲が広がり、辺りは薄暗く、
それが祠の様子をより一層不気味なものに見せていました。
私はまず、屋敷から持ってきた、法事の際にご先祖様にお供えするためのお菓子をお地蔵様の足元へ置き、
それから手を合わせて心の中で謝罪の言葉を述べました。


682 :9/12:2009/10/05(月) 16:27:08 ID:9IzgCcHu0
しかしその間にも、昨日伯父さんから聞かされた話が頭のすみをよぎります。
手を合わせている間、私はずっと目を閉じたままでした。
瞼を開けば、そこには私を取り囲んでいる子供たちが見えてしまう気がします。
私を囲み、輪をつくり、手をつなぎながら周りをぐるぐる回る子供たち。
その輪の中には私と、私の腕をつかもうとしている女の子がいて。
……ポっ。
突然首筋に冷たい何かが当たり、私は悲鳴をあげることすら忘れて走り出しました。

息が切れて足を動かすことをやめてしまった時、私はさきほど首筋に感じたものの正体を知りました。
いつの間にか、辺りには結構な勢いで雨が降り出していたのです。
お供え物や崇りのことで頭がいっぱいだった私は、雨具の用意をしていませんでした。

屋根の代わりとなる木の下にうずくまり、しばらくしてからのことです。
このままでは完全に日が暮れ、下山はおろかこの場から動くことすらできなくなってしまいます。
雨の降る中、光もない場所で、虫除けの備えもないまま一夜を過ごさねばならないことを考えると、
そろそろ雨宿りも大概にして、山を下りなければなりません。
私は意を決して、雨が降り続ける森の中を歩き出しました。

辺りは見覚えのない景色が広がり、私は帰る道を知りませんでした。
私はとにかく、川を目指して歩きます。
川沿いに下流へ下れば、ハイキングコースまで一本道でいけるはずです。
そこまで行けば、あとは舗装された歩きやすい道を数十分程度行くだけで、ふもとの町まで下りられるのです。
川は祠の西側を北から南へ流れており、ならば西へ向かえば川の流れにぶつかるはずです。
既に日は暮れていましたが、自分が来た方向から大まかな方角くらいは把握できていたので、
私は西と思わしき方角に向かって、ただひたすらに歩き続けました。


690 :10/12:2009/10/05(月) 17:00:44 ID:9IzgCcHu0
しかし、歩けど歩けどなかなか川へは辿り着きません。方角が正しいことは間違いないはずなのに。
もう辺りは真っ暗になっていました。
雨足は弱まるどころかさらに強くなり、長い時間を歩き続けたために疲労もすでに限界です。
この頃には既に、私の中にあった祠や崇りへの恐怖は薄れ、
代わりに『もう帰れないかもしれない』という不安と恐れが、今にも私の身を食い尽くそうとしていました。

それが起こったのは、そんな時です。
私は何かに足を取られ、前に広がる水溜りの中へ盛大に顔を突っ込みました。
その拍子に細かい砂か砂利かが目の中に入り、痛くて瞼が開けられません。
目を擦ろうとしますが、両手も同じように砂と泥にまみれているため、それすらままなりませんでした。
雨と暗闇の中、さらに視界を奪われ、服や靴は水を吸い重たく、手足は疲労により石のように固まっています。
まさしく八方塞がりでした。私は水溜りの中に座り込み、動く気力も無く、
ただ身体に打ち付ける雨の感触に身を委ねて、力なくうなだれました。
その時、何者かが私の右の手を掴みました。
そして、私を立たせるように引っ張り上げたのです。
私がつられて立ち上がると、ソレは私の手を引いたまま、どこかへ連れて行くかのように進み始めました。
私は逆らうこともせず、引かれるままについていきます。
向かっているのは、私が歩いていたのと同じ方向。川と谷と崖がある方角でした。
その時は私の考える力は半ば麻痺していて、ただ何となく谷のほうへ向かってる。
なら、谷を飛び越えて川の向こう側にでも行くんだろうか?その程度にしか思考がはたらきません。
ただ手を引かれるに従い、川の流れに身を委ねるように、ソレついていくのみでした。


692 :11/12:2009/10/05(月) 17:01:58 ID:9IzgCcHu0
けれど結構な時間を歩いても、なかなか崖を飛び越えるような感覚は訪れませんでした。
私の手を引く何者かは、途中で何度か方向を変えながらも、相変わらず進み続けています。
走るように歩く速さで、迷ったり止まったりすることも無く。
途中、何度か転びそうになった時でも、ソレは私の手をしっかりと掴んだまま、決して放すことはありませんでした。
私を起こすように強く手を引き、倒れそうな身体を支えながら、けれどやっぱり止まることはせず。

しばらく歩き続け、私は自分の踏む地面が、むき出しの土から舗装された道路へと変わったことに気づきました。
どうやらハイキングコースまで戻ってきたようです。
ここからなら、ふもとの町までそう時間をかけずに戻ることが出来るでしょう。
けれどソレは私の手を引いたまま。私もそれに従って、目を閉じたままで歩き続けました。

やがて、ソレは不意に私の手を放しました。辺りからは、誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえます。
私はいつの間にか開けられるようになっていた目を、ゆっくりと開きました。
私の周りには、傘をさした大人が数名駆け寄ってきます。
どうやらハイキングコースの入口にあたる、駐車場兼広場にいるようです。
こちらへ駆け寄ってくる人影の中に、父と母の姿もありました。


693 :12/12:2009/10/05(月) 17:03:08 ID:9IzgCcHu0
昔、と言っても遠い昔のことではなく、戦後すぐくらいの頃。
まだろくに道も整備されていない山の中て、一人の女の子が行方不明になりました。
ふもとの町では大人たちが集められ、山狩りまで行われましたが、結局女の子は見つからなかったのだそうです。
それからも度々同じようなことが起こりました。
山へいった子供が、あるいは崩れてきた土に潰され、あるいは川に流されて、その命を落としてしまうのです。
みんながみんな助からなかったわけではなく、中には山で迷いながらも無事に戻ってくる子もいました。
しかし彼らはみんな、口をそろえてこう言います。
「山の中を歩いている時、誰かに手を引っぱられた」
そして彼らの右手首には、決まって手の形をしたアザがあるのです。
もしかしたら、先に行方不明となった女の子の崇りなんじゃ?
いつしかそんな噂が町に広まり、大人たちで話し合った結果、
最初の男の子が犠牲となった崖の近くに小さな祠とお地蔵様を置いて、崇りを鎮めようとしたのでした。

けれど後に聞いた話では、手の形をしたアザがあるのは無事に戻ってきた子にだけで、
遺体となって発見された子供たちの身体には、手形のアザは一つとして見つかることは無かったそうです。
山で最初に亡くなった女の子は、果たして本当に崇りを起こしていたのでしょうか?
私はあの時、駆け寄ってきた両親に抱きしめられながら、誰が自分をここまで連れてきてくれたのかと尋ねました。
しかし、両親を始めとしてその場に居合わせた大人達は、
みんな口をそろえて「お前は一人で戻ってきたじゃないか。だれも一緒にはいなかったよ」と言いました。
その時、私は祖母から聞いた話を思い出したのです。

「あの子は神様に連れて行かれて、あの山の山神様になったんだよ。
 きっと、これから私たちのことを守ってくれる」

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