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『落ちていくモノ』

ナナシシリーズ。
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?170

688 :本当にあった怖い名無し:2007/07/29(日) 20:50:15 ID:7Cx8lAjbO
あの悪夢のようなアパートでの事件から数カ月が経ち、僕とナナシはまたお互いに話をするようになっていた。
初めのほうこそ多少ギクシャクしたが、
結局ナナシに不思議な力があろうがなかろうが、あの女の人がどうであろうが、
ナナシはナナシで、僕の友達だということに変わりはない。
僕はあの日のことは記憶の底に沈め、ナナシと普通に話すようになった。
ナナシも、今までと同じようにヘラヘラ笑って話掛けてきて、僕らはすっかり以前のような関係に戻っていた。

そんな矢先のこと。
そろそろマフラーやらを押し入から出さないとな、なんて時期の授業中、それは起きた。


694 :本当にあった怖い名無し:2007/07/29(日) 21:10:41 ID:7Cx8lAjbO
教室では窓際の最前列に、目の悪かった僕と委員長の女の子、
その後ろに、ナナシとアキヤマさんと言う女の子が座っていた。
その頃、その窓際席の僕ら4人は、授業中に手紙を回すのをひそかな楽しみにしていた。
つまらない授業の愚痴や、先生の悪口を小さいメモに書いて、先生が見ていない隙にサッと回す。
もしバレても、委員長がごまかして僕らが口裏を合わせることになっていたし、
端とはいえ、前列で手紙を回すのはちょっとしたスリルだった。

そしてそれは、たしか3時限目あたりの国語の授業中。
どこの学校にも一人はいるであろう、バーコードハゲの教師が担当で、
今にして思えば大変失礼だが、僕らは彼の髪型をネタに手紙を回していた。

くだらないことをしていると時間が過ぎるのは早く、すでに何枚か紙が回され、授業も半ばを過ぎた。
そのときだった。


696 :本当にあった怖い名無し:2007/07/29(日) 21:17:06 ID:7Cx8lAjbO
教科書に隠しながら手紙を書いていた僕は、ドン、と何かに背中を突かれた。
どう考えてもそれは後ろの席のナナシで、まだ書いてるのに催促かよと、僕は少しムッとしながら振り返った。
するとそこには、眉間に皺を寄せた凄まじい形相で、僕に何かを向けているナナシがいた。
手には開いたノートがあり、真ん中にデカデカとマジックで『窓』と書いてあった。
思わず窓を見ると、
「ひっ…」
人と、目が合った。


698 :本当にあった怖い名無し:2007/07/29(日) 21:28:48 ID:7Cx8lAjbO
蛙のような体勢で落下してきたその人は、顔だけをこちらに向けていた。
恐怖か苦痛か屈辱かわからない、むしろ全て入り交じったような悶絶の表情を一瞬見せて、その人は消えた。
「うわぁああっ!!!」
僕ではない誰かが叫んだ。叫んだのとほぼ同時に、ドシン、と音が響く。
しばらくフリーズしていた教師やクラスメート達も、2、3秒して騒ぎ立て、窓に駆け寄り出す。
僕はその様子を茫然と見ながら、フラッシュバックを感じていた。


701 :本当にあった怖い名無し:2007/07/29(日) 22:23:12 ID:7Cx8lAjbO
まただ。またナナシが、人の死を言い当てた。
僕は震えながら、ゆっくりとナナシを見た。
ナナシは震えもせず騒ぎもせず、窓の前に立っていた。
遠い目で窓を見ている。僕はナナシに駆け寄った。
「ナナシ、あれ…」
縋るように駆け寄った僕に、ナナシは振り返ることもせず言った。
「お前、なにか見た?」
なにか。そんなの解りきっているというのに、白々しく尋ねてくるナナシに僕は無性に腹がたった。
「当たり前だろ!!お前が窓を見ろって言ったんじゃないか!!
 おかげで僕は目が合ったんだ!!見たんだぞ!!あの人が堕ちる一瞬を!!!」
僕は、あの死に行く人と目を合わせてしまったのだ。
悲痛と苦痛に染まった、間もなく死ぬであろう見知らぬ人と、目が合った。
一生トラウマになりそうな表情を見たのだ。
「なら、いよいよオカルトだな」
ナナシは言った。
僕にはその言葉の意味がわからなかった。わかりたくもなかった。
だが、「見てみなさいよ、下」
さっきまで黙っていたアキヤマさんが、僕に言った。
僕は恐る恐る、人を掻き分けて下を見た。
そこには、こちらを向いて目を見開き、苦悶の表情を浮かべながら、体を不思議な方向に曲げた死人がいた。
ドス黒い血が彼女の白いブラウスを赤茶に染めていて、僕は思わず目を反らした。
そして、気付いた。


702 :本当にあった怖い名無し:2007/07/29(日) 22:54:36 ID:7Cx8lAjbO
僕は彼女と目が合ったんだ。それは確かだ。あの表情は夢じゃない。
蛙のような、這うような姿勢で彼女は落ちて来た。そして僕を見ていた。
…なら、何故彼女は、『こちらを向いて』死んでいるのか。
俯せに落ちたはずの人間が、何故仰向けに死んでいるのか。
空からたたき付けられた人間が、まさか寝返りなどできるはずもない。
まして、あの数秒間で、誰かが動かしたはずもない。
否、それよりも、どんな飛び降り方をすれば、『蛙のような体勢』に落下することができるのか。
否、どんな飛び降り方をすれば、『蛙のような体制で、こちらを向いて落下できる』のか。
その疑問が浮かんだとき、震えは一層強まり、首筋に冷たい何かを感じた。

不意にナナシが口を開く。
「死んだ先に何がある。救いなんてあるはずないのに。闇から逃れても、闇しかないんだ」
その言葉には、恐ろしいくらい感情が篭っていなかった。
アパートのときよりも、数倍僕はナナシを怖いと感じた。
赤い海に浮かびながら、僕らを見上げる曲体の死人より、ナナシの言葉が怖かった。

その後、席替えがあり、僕が窓際になることは二度となかった。

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