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『洞爺丸沈没事故の生存者』


海にまつわる怖い話・不思議な話 11

388 :本当にあった怖い名無し:2008/01/29(火) 05:10:44 ID:M8MfIfxq0
ウチの母が子供の頃、隣の家にかの『洞爺丸』沈没事故の生存者が住んでいたらしい。

その人は女性で、事故当時妊婦だったそうで、
救出された時には身重の生存者として、新聞にも大きく取り上げられたらしい。
今、関連記事を探してみても、妊婦の生存者の記事は見付からなかったが…。

その人から母が聞いたという、事故当日の話がちょっと不思議で…。
曰く、「たくさんの魂が空に上っていくのが見えた」とか、
「海に投げ出され溺れかけた時に仏様が見えて、気が付いたら救助されていた」とか。

あまり多くを語らないうちに、寿命で他界してしまったそうだけれど、
母にはもっと詳しく聞いておいてほしかったなと思う。
洞爺丸って海難事故では、タイタニックに次ぐ二番目に犠牲者の出た事故なんだってね。


【青函】洞爺丸海難、あす50年 殉教外国人宣教師の妻ら、函館式典出席へ【連絡船】

16 :名無しさん@5周年:04/09/26 12:09:11 ID:Swn1/1CC
◇昭和29年 洞爺丸沈没
青函連絡船・洞爺丸は午後2時函館出港の予定だったが、台風15号の接近で風雨が強く出港を見合わせていた。
午後6時、晴れ間も見えて天気予報でも台風がその頃通過し終わるということだったので、船長は出港を決断する。
ところが台風は、実はまだ北海道に到達していなかった。

風雨がまた強くなり、危険を感じた船長は、函館港から5kmしか進んでいない所で航行を中止。
しかし、港に戻るのも危険と思われたため、錨を降ろして風雨が弱くなるのを待つ。
だが、水密が不完全な構造だった車両甲板から、機関室への浸水がおこり、機関が停止。操船の自由を失う。
船長は近くの海底に座礁させて船を止めようとしたが、海底の地盤が弱かったため支えきれず、
海岸までわずか数百メートルの地点で、船体が大きく右に傾斜し、22時43分ごろ転覆した。

激浪のため大半の者が目の前の海岸にたどり着けず、乗員乗客1314人のうち救助されたのは159人であった。
なお、この時、洞爺丸以外にも下記の貨物船が沈んでいる。
『北見丸』70名死亡。『日高丸』56名死亡。『十勝丸』57名死亡。
あわせた犠牲者は、最終的に1400人を超えた。

洞爺丸 http://station.catorea.ne.jp/modelers/card/seikan_d/seikan_d.htm(リンク切れ)
慰霊碑 http://www.geocities.co.jp/Playtown/3116/trans/926/

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