「『呪いの暴走』1/4」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?156
325 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/26(金) 18:07:46 ID:3YqwWs8A0
そのかいもあってか、ようやく悪霊が長の口から出てきたのだが、青年はそれを見てギョッとしました。
悪霊の正体は、呪術師グループのリーダーだったのだ。
よりによって長が一番信頼を寄せている人物が、長を憑り殺そうとしていただなんて…。
内乱を避けたかった青年は、口が裂けてもそのことを長に言わないことを決めました。
手柄を認められ、褒美に位と領土と豪族の末娘をもらった祈祷師グループは大喜びでした。
祈祷師のリーダーと末娘は契りを結び、祈祷師グループは念願だった豪族の仲間入りを果たすことが出来ました。
やがて2人の間には子供も生まれます。
それを苦虫を噛み潰した表情でじっと見ている呪術師グループ。
あの一軒の騒動で危険視されたため呪術者たちは、位も領土も片っ端から剥奪されていきました。
彼らの不満や苛立ちはどんどんたまります。
まさに自業自得なんだけれども、
自分たちの先祖が積み立ててきた功労が失われていくのを見るのは、さぞや無念だったと思います。
そして呪術師のリーダーが位を剥奪されたことで、怒りが限界に達したらしく、
とうとう内乱が始まってしまいました。
古代の呪術によって、悪霊や生霊をけしかける呪術師たち。
自然の神々の力をかりた結界をはることで、呪い返しをする祈祷師たち。
一族の殺し合いによって、たくさんの人が呪い殺され、処刑されました。
もちろん、一族以外の人もたくさん殺されました。
また、高度な呪詛や自然の神々の天罰によって、大地震や大干ばつといった災害が多発し、
それが元で大飢饉が起こり、そこでも数え切れない人々が餓死していったそうです。
繁栄は、あっという間に終焉を迎えました。
「その話が、僕と何か関係があるんですか?」
話の区切りがついたところで僕は聞いた。
「大ありだよ。君は、祈祷師と豪族の間に出来た子供の末裔なんだから」
事態が全然飲み込めなかった。完全に自分の理解の範疇を超えてしまっている。
いや、そもそもこんなオカルトチックな話なんか、簡単に信じちゃっていいのだろうか?
僕はこんな時どうすればいいのか、対処法が分からなかった。
326 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/26(金) 18:09:05 ID:3YqwWs8A0
「どっかの馬鹿がさ、掘り返しちゃったんだよね。封印されていた呪詛を」
聞けば、さっき追いかけてきたあれは、呪術師の使う呪詛の一種なんだそうだ。
「人を呪えば穴二つってことわざ知ってる?呪いって失敗すると、呪った相手のところに帰っていくんだよ。
でも呪いをかけた奴は、はるか昔に死んでるわけだ。
ゆえに呪いは、また君のとこに戻ってくる。何度でもね」
血の気が引いたのが分かった。あんなのがまた戻ってくる?しかも何度でも?
冗談じゃない。本当に洒落にならないほど怖かった。
「だから君を助けに来た」
少なくともこの人は味方ってことだけは分かった。
おっさんは、自分は式神みたいなもんだと言っていた。
どうして僕のことを知ってるのか聞くと、「式神だから」としか答えなかった。
「とにかく今回は初めてだったし、僕も地理的に分からないことだらけだったから、
探すの遅くなっちゃったけど…。
次からはもっと早く助けに来る。だから安心なさい。
(時計を見ながら)まずいな、だいぶ話し込んでしまった。君はもう帰りなさい。親が心配する」
おっさんは「ではまた」と言うと、僕に背中をクルっと向けて、
カツカツと革靴の音を鳴らしながら何処かに行ってしまった。
夜風が、あっけにとられている僕にいつまでも吹きつけていた。
これが僕とマセラティおじさんの、最初の出会いだったのだ。
366 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/27(土) 00:45:35 ID:nvEpYtdk0
おっさんの言うとおりだった。呪いは、3ヶ月後に自分に戻ってきた。
マセラティおじさんとまた会ったのは、秋が終わり冬にさしかかろうとしていたときのこと。
ほぼ毎日と言っていいほど進学塾に通いづめだった僕は、その日も同じように進学塾から家路に向かって歩いていた。
前に襲われた道から帰れば一番早く家に着くのだが、トラウマのせいか何が何でも通らないように決めていた。
回り道になるにもかかわらず、比較的明るく、また人や車の流れがある道を選んで帰っていた。
あの事件の後数日たってから、1度だけどうなっているのか確認しに行ったことがある。
もちろん日が沈む前、それも友達と一緒にという条件つきで。
まるで事故った形跡がなかった。たしかにここで事故ったのは間違いないはずなんだが…。
マセラティはなくて当たり前だが、飛び散ったフロントガラスの破片すら見つからない。
垣根にも穴はなかったし。電話ボックスもやっぱりなかった。
ただ、あるがままの光景がそこにはあった。
あそこは異次元だったんだろうか?
今度、おっさんが現れたら聞いてみよう。そう思った。
場面は今へと戻る。突然音が聞こえなくなった。
さっきまで聞こえていた、犬の吠える声もピタリと止んだ。とうとう来た。
自分の呼吸音だけがしっかりと聞こえる世界。背中からじんわりと汗が滲み出る。
おっさん頼む!早く来てくれ…。
すると、どっかからエンジン音が聞こえた。
おっさんがやってきたのだ。そして車は、あのマセラティだった。修理に出したのかきれいに直っていた。
そして僕の横に車を停める。
「おい、挨拶はいいから乗れ。奴が来る」
僕はあわてて助手席に乗った。左ハンドルなので少しだけ戸惑ってしまう。
おっさんも、僕がシートベルトを締め終わらないうちに発車した。
よく見ると、ドアのところにお札が貼ってある。
367 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/27(土) 00:49:16 ID:nvEpYtdk0
真っ先に聞いた質問が、「今までどこに行ってたんですか?」だった。
おっさんは「あるものを探していた」とだけ言い、しきりにドアミラーで後ろを確認している。
あるものとは、呪いをかけたり、またかけた呪いが呪い返しにあった場合、
その呪いの身代わりになる物のことらしい。
具体的に言うと、髪や爪といった身体の一部を身代わりとして入れ、呪いを中に閉じ込めるための木箱である。
僕にかかっている呪いは、膨大な年月を経て弱っているものの、
そこらへんの木で作った木箱くらいじゃ、封じ込められないほど強力なんだとか。
だからおっさんは、まず呪いに耐えられるだけの神木をずっと探してたそうだ。
そして作る木箱も、釘を使わず複雑に組んだ特殊なものでなければならないとのこと。
それを作るのがまた厄介なようで。
「もしあの呪いが弱ってなかったら、どのくらいの威力なんですか?」
我ながら恐ろしい質問をしてみた。おっさんの横顔からは、長い睫毛をたくわえた目が見えた。
その目がドアミラー、僕、前方という順で動いている。
「あまり俺も詳しいことは分からないが、それこそ千は殺されてただろうね」
震える僕を見ておっさんはにこやかに笑い、「あれよりもっとヤバい呪いもあるから大丈夫だよ」と付け加えた。
今思うとフォローのつもりだったのだろうか?全然フォローになっていなかったが。
「来た」そう呟くと、おっさんは一気にスピードをあげはじめた。
エンジンがうなり、速度計の針が動きはじめた。それにつられて心臓がバクバクも言い始める。
見たくなかった。が、僕は不可抗力でドアミラーを覗いた。
いた。
はるか後方にそいつが見えた。地面から浮いたところに立っている。
そしてそのままの状態で、滑るように僕たちを追いかけてきているのが分かった。
ガチャン。
全部のドアにロックがかかる。
重たい空気。重圧感のある緊張が走る。
おっさんも真剣なのか、黙ったままハンドルをさばく。とにかく居心地が悪かった。
368 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/27(土) 00:50:15 ID:nvEpYtdk0
やはり下調べしてあるのだろう、さっきから直線の多い道ばかりを走ってるようだ。
曲がる寸前でスピードを落としているとはいえ、とんでもない速度だ。
しかし、それでもそいつはピッタリと付いてきていた。しかも差は開くどころか、どんどん近付いているのだ。
数十分も走らすと、だんだん疲れてきたのか、おっさんの運転が荒くなりはじめた。
見ると、おっさんの顔には汗が。初めて見た。この人でも汗かくんだ。そう思った。
…と同時に僕は、みるみる不安になる僕。
ドアミラーを見るたびに、そいつはどんどん距離を縮めていた。
だめだ、このままじゃ逃げ切れない。絶望的だった。心臓が今にも張り裂けんばかりだ。
「おい、次曲がったところで運転代われ。」
当時中2の僕にとっては、あまりにも酷な命令に思えた。
「大丈夫。ハンドルを持つだけでいい。とにかくど真ん中を走らせろ。いいな、簡単だろ?」
ためらってる時間はなかった。やりたくないけどやるしかない。僕は頷く。
おっさんは次の角に勢いよく突っ込んだ。ほとんどドリフト状態で、ものすごいGで身体が『く』の字に倒される。
ハンドルをしっかりと持つ手に、じっとりと汗が滲む。
いくら見晴らしのきく直線道路のど真ん中を走っているとはいえ、もし運転操作をあやまったら…。
そう考えると腕がブルブルと小刻みに震える。
おっさんはシートベルトを外し、窓から身体を乗り出すと、しきりに何か呟いていた。
その窓から容赦なく吹き込む冷たい風の音にかき消されて、何を言っているか聞こえはしなかったが、
例の呪文を唱えているようだ。
バン!
前に聞いた爆竹のような音がこだまする。
おっさんは一仕事終えたような顔つきで、顔を車内に引っ込めると、
パワーウインドウで窓を閉めながら、「よくやった」と頭をなでなでしてくれた。
369 : ◆J3hLrzkQcs :2007/01/27(土) 00:50:54 ID:nvEpYtdk0
辛くも何とか逃げ切ることが出来たようだ。
あたりは人が歩き始め、車が道を走り始めた。元のあるべき世界に帰ってきた。
おっさんは僕を、家のすぐ近くまで送ってくれた。
なぜ僕の家の場所を知っているのか?謎ではあるが、あえて聞かなかった。
どうせ「式神だから」とか言われるのがオチだし、
マセラティのナンバープレートを調べることで、正体を突き止められると思ったから。
代わりに、今度おっさんに会ったら聞こうと思っていたことを聞いてみる。
「さっきの音がない世界って何なんですか?」
そしたら、
「今の世界が『在る』ことを誰も証明出来ないし、さっきの音のない世界が『無い』ことも誰も証明出来ない。
分かるかい?在るか無いかは問題じゃないんだよ」
と、かなり哲学的なことを言われた。
要するに、おっさんでも分からないみたいだ。
車から降りると、すかさずナンバープレートを頭の中に控える。
よし!完璧。完全に暗記したナンバープレートを忘れないように暗唱しながら、僕はおっさんに別れを告げた。
エンジンを吹かし、まさに発車する瞬間のことだった。
おっさんは、何か思い出したかのごとく口走った。
「あ、そうそう。1つ言い忘れてたよ。僕のこと調べようと思ってもやめときな。時間の無駄だから。
なんかナンバープレート見てたから、一応言うね。
ナンバープレートなんか調べても、『在る』わけないよ。
この車は、『無い』世界にあったやつなんだから」
そう言うと、マセラティはあっという間に夜の闇に消えてしまった。
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