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『記憶を追ってくる女 』

従姉妹シリーズ。
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?120

524 本当にあった怖い名無し 2006/01/29(日) 22:01:53 ID:AqttN5ndO
語り部というのは、得難い才能だと思う。彼らが話し始めると、それまで見てきた世界が別のものになる。
例えば、俺などが同じように話しても、語り部のように人々を怖がらせたり、楽しませたりはできないだろう。
俺より五歳上の従姉妹にも、語り部の資格があった。
従姉妹は手を変え品を変え、様々な話をしてくれた。俺にとってそれは非日常的な娯楽だった。
今はもう、それを聞けなくなってしまったけれど。
従姉妹のようには上手くはできないが、これから話すのは、
彼女から聞いた中で、もっとも印象に残っているうちのひとつ。

中学三年の初夏、従姉妹は力無く抜け殻同然になっていた。
普段は俺が催促せずとも、心霊スポットや怪しげな場所に連れて行ってくれるのだが、
その頃は頼んでも気のない返事をするだけだった。
俺が新しく仕入れて来た話も、おざなりに聞き流すばかり。顔色は悪く、目の下には隈ができていた。

ある日、理由を訊ねた俺に、従姉妹はこんな話をしてくれた。

春頃から、従姉妹は頻繁にある夢を見るようになった。
それは夢というより記憶で、
幼い頃の従姉妹が、その当時よく通っていた公園の砂場で、ひとり遊ぶ光景を見るのだった。
やがて何度も夢を見るうちに、ひとりではないことに気づいた。
砂場から目線を上げると、そこに女が立っている。
淡いピンクの服を着た、黒いロングヘアの女が、従姉妹を見つめ立っていた。


526 本当にあった怖い名無し 2006/01/29(日) 22:05:38 ID:AqttN5ndO
女に気づいた次の夜、夢は舞台を変えた。少し大きくなった、小学校に入ったばかりの授業参観の光景。
後ろに沢山並んだ親たちの中に、自分の母親もいるはずだった。
教師にあてられ正解した従姉妹は、誇らしさを胸に後ろを振り返った。
だがそこにいたのは母親ではなく、公園で従姉妹を見つめていた女だった。

次の夢は、小学校高学年の頃の運動会だった。従姉妹はクラス対抗リレーに出場していた。
スタートと位置に立ち、走ってくるクラスメートを待った。
もうすぐやってくる。腰を落として身構え、後方を見た。
走ってきたのは公園にいた女だった。両手足を滅茶苦茶に振りながら凄いスピードで近づいてくる。
従姉妹は恐怖を感じ、慌てて逃げ出した。
一瞬女の顔が見えた。真っ白な肌に、どぎつい赤の口紅を塗りたくり、ニタニタ笑っていた。

翌日の夜、従姉妹は寝る前から予感を抱いていた。
今日も夢であの女に会うのではないか。それは殆ど確信に近かった。
そして、その通りになった。


527 本当にあった怖い名無し 2006/01/29(日) 22:08:03 ID:AqttN5ndO
夢の中で従姉妹は、中学生になっていた。記憶にある通り、吹奏楽部の練習に参加していた。
顧問のピアノに合わせて、トロンボーンを構えた。深く息を吸い込んだまま、従姉妹は凍り付いた。
ピアノの前に座っていたのは、あの女だった。
狂ったように鍵盤を叩き、顔だけは従姉妹を凝視していた。
女の顔ははっきり見て取れた。
異様に白い肌、細い目、高い鼻筋、真っ赤な口紅が塗られた唇を大きく広げ、ニタニタ笑っていた。
そこから覗くのは八重歯で、口紅だろうか赤く染まっている。
不揃いな黒いロングヘアが、女の動きに合わせ激しく揺れた。

汗だくで目覚め、従姉妹はあることに気づいた。私は夢の中で成長過程を辿っている。
始めは幼い頃、次は小学生、今は中学生だった。
もしかして、女は私の記憶を追ってきているのではないか。

その仮説は正しかった。眠るごとに夢の従姉妹は成長し、女は必ずどこかに現れた。
あるときは見上げた階段の上から、あるときは電車の向かいの席で、あるときは教室の隣りの席から。
従姉妹はここに至って、もうひとつの法則に気がついた。女との距離がどんどん縮まっている。
いまではもう、女の三白眼も、歯と歯の間で糸を引く唾液も、はっきりと見えるようになった。


528 本当にあった怖い名無し 2006/01/29(日) 22:11:20 ID:AqttN5ndO
従姉妹はなるべく眠らないように、コーヒーを何杯も飲み徹夜した。しかしすぐ限界がくる。
女は、昼に見る一瞬の白昼夢にも現れた。
そしてとうとう現実に追いついた。

そこまで話すと、従姉妹はうなだれるように俯き黙った。黒い髪がぱさりと顔を覆い隠す。
すっかり聞き入っていた俺は、早く続きを知りたくて急かした。
催促する俺を上目遣いで見て、従姉妹はゆっくりと笑った。
「だから、現実に追いついたって言ったでしょう」
そう言ってにやりとした従姉妹の口元は、八重歯が生えていた。
いつから従姉妹が八重歯だったのか、俺には自信がなかった。

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