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『喪服の貴婦人』2/2

俺の妹シリーズ。
「『喪服の貴婦人』1/2」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話をあつめてみない?160

909 :黒い貴婦人:2007/03/22(木) 00:11:57 ID:z8xRvYYwO
彼女は雨に濡れながら、墓地へ続く階段に足をかけた。
意を決して彼女の横に並ぶ。
傘を彼女の上に。
彼女はびっくりした様に俺を見上げた。
「危ないから、墓参りが終わるまで付き合います」
俺が言うと彼女は驚き、少ししてから微笑んだ。KOされそうな微笑みだった。
「本当に…優しいのね」
彼女はそう言うと、傘を持つ俺の手の上に両手を重ねた。
雨に濡れたその手は冷たかった。
別に優しい訳じゃなく、あくまで下心有りだったのに。

俺と彼女は密着したまましばらく歩いた。
彼女は俺に身を預けるように密着している。
舞い上がりきった俺は、彼女の話もほとんど右から左に抜けていた。
「この町にいい思い出なんか無かった」
そんなことを言ってた気がする。

しばらく歩き、彼女は目的の墓の前で止まった。
周りに比べると比較的新しい墓の様だ。
でも墓石なんてそうそう風化するもんじゃないから、周りの墓が古いだけなのかも知れない。
彼女は石版の上に花を一輪乗せると、多分名前が掘ってある部分を指でなぞり、言った。
「なにひとつ幸せな記憶も無く死んでいった人は、なんの為に生まれてくるのかしら」
俺は何も言えず、阿呆のようにただ立ちつくしていた。


910 :黒い貴婦人:2007/03/22(木) 00:13:06 ID:z8xRvYYwO
「今日は優しくしてくれてありがとう」
墓地の入り口前で、彼女は俺の傘を握り言った。
「こんなに優しくして貰えたのは初めて。あなたのことは忘れないわ」
傘は彼女にあげた。家は走れば近いし、雨も止みそうだった。

別れてから坂道を少し歩くと、携帯の着信音が鳴った。
坂の下の墓地を振り返ると、彼女は街灯の下で微動だにせずに俺を見送っていた。
妹からのメールだった。
遅くなっちまったから怒ってるだろーな。
メールを開いた。
『走って帰れ』
命令メールだった。腹を空かしているのだろう。
続いてまた妹からメールがきた。
なんだ?お使いかな?
『絶対に振り返っちゃだめ』
耳のすぐ後ろで衣擦れの音が聞こえ、かすかに香水が香った。
全身の毛穴が開き、パニックとともに冷たい汗が噴き出した。


911 :黒い貴婦人:2007/03/22(木) 00:17:01 ID:z8xRvYYwO
俺は全力で走った。
気持ちばかりが先を走るが、体はイメージ通り走ってはくれない。
全身が泡立つのを感じる。
怖いなんてもんじゃない。
捕まれば終わりだと、漠然と確信する。
「わたし優しくされたの初めて」
耳元で聞こえる筈の無い声が囁く。
「わたしと…」
優しく肩を掴まれた。赤いマニキュアの指が見えた。
さらに耳元で囁く。
「一緒に…」
俺はかすれた悲鳴を上げてそれを振り払い、走り続けた。
「うふふふふふふふ」
笑い声があちこちから聞こえた。
あまりの恐怖で気が狂いそうだった。
制服のシャツの背中を、何本もの手が掴もうとする。
背中に爪が食い込むのが分かった。
なにかが背中に触れる度に、恐怖が皮膚の下を這い回る。
頭の先から爪先まで、冷たい汗で濡れていた。
不意に頭のすぐ後ろで息を吸う気配がした。
「つかまえた」
肩の上から回された腕が、俺の胸の前で合わさる。
赤いマニキュア。右の人差し指だけ色が無かった。
後ろを振り向かずとも、視界の端で彼女の横顔を見た。
涼しそうな唇が三日月のように吊り上がる。
「きゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」
甲高い笑い声が頭で鳴り、意識が遠くなるのを感じた。


912 :黒い貴婦人:2007/03/22(木) 00:18:29 ID:z8xRvYYwO
右肩にガツンと衝撃を受け、呼び戻された。
目の前には、布を巻かれた棒のようなものを持った妹が立っていた。
「うふふふふふふふ…」
笑い声が遠ざかっていくのが聞こえた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
妹が俺の後ろ、遙か遠くを睨みながら言う。
右肩に激痛が走った。
「…なあ、お前。俺を殴った?よな?」
妹は持っている棒を後ろ手に隠した。


913 :黒い貴婦人:2007/03/22(木) 00:19:56 ID:z8xRvYYwO
怯えながら家へ帰る途中、妹が言った。
「わたし言ったよね?余計なものに関わるなって」
霊感が異様に強い妹は慣れたもんで、怯えた様子は微塵もない。
「あんな血だらけの女に話しかけるなんて、お兄ちゃん、女なら何でもいいんじゃないの?」
「え?いま、何て言った?血だらけ?あんなに綺麗な人だったじゃないか」
恐る恐る彼女に掴まれたシャツ見た。
腕の形の赤い跡が付いていた。
彼女が触れた右手にも、べっとりと血のようなものが付いていた。
ぞっとして服を脱ぎシャツの背中を見てみると、幾つもの赤く擦り切れた手形。
気が遠くなった。
背中の手形の一つ、ちょうど人差し指に当たる部分に、剥がれ落ちた真っ赤な爪が食い込んでいた。
うっ…
俺はアスファルトに吐き、目眩を覚え気を失った。


914 :黒い貴婦人:2007/03/22(木) 00:21:20 ID:z8xRvYYwO
次に目が覚めると、見慣れた天井。
自分の部屋だと気づき、溶けそうなくらいの安心を覚える。
小さな話し声が聞こえ机に目をやると、妹ともう一人、妹と同じ制服を着た女の子が話し込んでいた。
二人してなにかを見ているようだ。
「ね…ぐいよね…おにいさん…」
「わたしも…にいちゃ…たい…は…おもわな…」
声をかけようとしたが、眠かったので眠った。

淡い夢の中で、喪服の女が部屋のドアから顔を半分出して、俺に微笑んでいた。
不思議と恐怖は無かった。
彼女が囁く。
「何一つ幸せじゃなかった人間は、天国へ行けるかしら?」
わからない。
「うふふ。うふふ」
笑いながら、顔を覆っていたベールを上げる。
ベールに隠されていたのは、とても美しい顔だった気がする。
だが一筋、そしてまた一筋と、彼女の頭から赤い滴が滴り落ちる。
耳、鼻、目、口、あらゆる穴から血の滴が流れ始める。
瞬く間に美しい顔は、血のラインで真っ赤に汚れた。
「あなたのことがとても気に入ったわ」
しゃべる度に、唇が閉じる度に、ぴちゃぴちゃと溢れ出る血液が飛び散る。
やめてくれよ。嬉しくないよ。
「うふふふふふふふきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ」
彼女は涼しい顔をして壊れたように笑った。


915 :黒い貴婦人:2007/03/22(木) 00:24:11 ID:z8xRvYYwO
翌朝、疲れきった体のまま目を覚ますと、机の上に何かが置いてあった。
達筆で書かれたお札だった。
ああ、昨日来てたのはあの子だったのか。
妹の同級生に神社の娘が居る。可愛い子だったが、妹の友達だけあってなかなかの曲者とゆう印象だ。
お札の下に何冊かの雑誌が綺麗に角を揃えて置かれていた。
俺は気が遠くなった。
秘蔵のエロ本だった。
「ふふふふふふふ」
ビクッとしてドアを見ると、顔を半分だけ覗かせた妹が笑っていた。
「お兄ちゃん変態…」
妹が感情の無い目で言い、俺はただ何でもないふりをした。

これからしばらくの間、夏が来る度に黒い貴婦人に怯えることになる。
いまだに彼女の笑い声が耳にこびりついて離れないでいる。
解決したと思っていたが、甘かったのかもしれない。
なんかさっきから家鳴りがひどいんすよ。酒飲んで寝ます。
参ったな。妹いま居ないんすよね。犬がドア引っかいてるし。
明日相談してみます。とりあえず犬と寝ます。
おやすみ。

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