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『盗聴』2/2

「『盗聴』1/2」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?57

557 :盗聴 6/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:22
半年後、長期出張から帰ってきた俺は、上司に挨拶を済ませて退社しようとしたときに、ある社員とすれ違った。
「え?」
藤本だった。一瞬誰だか分からなかったのも無理はない。驚くほど彼は変わっていた。
ちょっと前までのヲタっぽい面影は微塵もなく、適度に日焼けして髪も伸ばして、すっかり好青年に変身していた。
「実は彼女が出来た」
信じられない言葉が彼の口から飛び出してきた。
少しおとなし目の子であまり笑わないらしいが、そのちょっとすましたところが可愛いんだとノロけやがった。
そんなノロけ話をしていたが、やはり話の合間になるとお互い表情が暗くなった。
何とはなしに自然に、吉沢さんのことに話が及んだ。

俺は半年間の出張の間、ある思いにとらわれていた。それはずっと心の中で引っかかっていた、ある疑念だった。
「なぁ、藤本よ。
 俺ずっと思ってたんだがな、ホラ、お前が最初に吉沢さんの会話を盗聴したときさ、
 お前、何かおかしいとは思わなかったか?」
「どうしてだ?」
藤本は怪訝な顔つきをしながらも、多少興味がありそうな眼差しで俺を見た。
「偶然にしては出来すぎた話だろ。
 お前がダイヤルをまわした瞬間に、ちょうど呼び出し音が鳴ったんだ。
 少しでもタイミングがずれてたら、お前は名前を聞き取ることができなかった・・・」
「おいおい、いったい何が言いたいんだ?」
少し藤本の目に狼狽の色が浮かんだ気がした。
「つまりだな。吉沢さんはその……だから…」
俺は肝心なところで口ごもった。あるいは無意識のうちに、その先を言うのを恐れていたのかもしれなかった。
藤本は俺が話し続けようとするのを片手でさえぎった。そして次の瞬間、突然笑い出して意外なことを口走った。
「なぁ、そんなことより、今度海に行かないか?」
こいつが海に行きたいだって?人は変わるものだ、と心底俺は驚いた。
「いや、実はいまの彼女がさ、海に連れてってくれってうるさくってさ。
 でも俺免許ないじゃん。だからお前に運転してもらおうと思ってさ」
こういうずうずうしいところは変わってなかった。でも、別に断る理由もなかったのでOKした。


558 :盗聴 7/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:25
約束の日曜日、藤本が彼女を連れて俺の家にやってきた。
正直言って驚いた。コイツがなぜこんな子をゲットできたのだろう、と思うほど色白できれいな子だった。
でも彼のいうとおり、あまり笑わない子だった。
といってムスっとしているわけでもない、なにかこう冷たい表情だった。
藤本は何とか彼女を笑わせようと寒いギャグを連発した。もちろん、そんなことで彼女が笑うはずもない。

そんなこんなで三人を乗せた車は、市外の丘陵部分に差し掛かろうとしていた。
この山を登りトンネルを抜けて下ると目指す海がある。
藤本のギャグがあまりにも寒いので俺はカーラジオをつけた。
地方都市の昼間のラジオだ。はっきりいってつまらない。

そのうち、もうすぐトンネルというところまで来た。
藤本は相変わらず。俺はつまらんラジオを聴いて気を紛らわせていた。
ラジオ番組はプレゼントコーナーになった。
リスナーが送った葉書の中から無作為に一枚選ぶ。
そしてそこに電話をかけ、合い言葉が言えたらおめでとう!5万円ゲットです!といった、よくあるパターンの内容だった。
もちろん、葉書を選んだ時点では名前は言わない。一種の抜き打ちだ。
『では今週の当選者はこの方です。いまからあなたのお宅に電話しますんで、合言葉を言ってくださいね。
 トルルルルル…トルルルル…』
そのうち車はトンネルに入った。
『トルルルルル…トルルルル…』
「あっ」
俺は何かに打たれたように声を上げた。
ここトンネルだろ?なんでラジオの電波が入ってくるんだ?
「おい、藤本。藤本ッ」と言ったが聞こえていない。やがて車はトンネルを抜けた。息詰るほど長く感じた。
『トルルルルル…トルルルル…』
まだ呼び出し音が聞こえてくる。
『トルルルルル…トルルル・・・・・・・ガチャ・・・はい、吉沢です』
藤本の声が一瞬で静かになった。
俺は心臓を万力で締め付けられるような衝撃を感じて、ハンドルを取られそうになった。


559 :盗聴 8/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:28
もう、そのときまで聴いていたラジオ番組じゃなかった。
カーラジオからは、二人のOLのたわいもない世間話が聞こえてくる。俺は車を止めた。
後ろを見ると、藤本が死人のように真っ青になっている。多分俺も同じだったろう。
藤本の彼女はキョトンとしていた。
カーラジオのチャンネルを変えてみたけどダメだった。いや、スイッチを切ってもまだ聴こえてくる…。
「おい・・・・こ、これ、吉沢さんだって」
まさしく吉沢さんの声だった。俺はもうそれ以上言葉は出せなかった。
やがてカーラジオから、吉沢さんと中年男との会話が聞こえてきた。
もう二人とも膝がガクガク震えて、汗でびっしょりだった。
ふと藤本の彼女と目が合った。俺は愕然とした。
あの笑わない子が、ラジオを聴きながらニタニタ笑っているではないか。
「か、帰るぞッ」
一刻も早く帰りたかった。とにかくここにいてはやばい気がする。さっそく今来た道を引き返した。
ラジオからは、吉沢さんと兄貴の口論が聞こえてきた。おそらく自殺前夜のものだろう。
吉沢さんが激しく泣き叫んでいた。
しかし、その泣き叫ぶ声に混じって、後ろからゲラゲラ笑う声が聞こえてきた。
背筋をとてつもなく冷たいものが駆け抜けた。
もう何がなんだか分からなかった。ただひたすら猛スピードで車を走らせた。

どのくらい時間が経ったのか・・・
「おい、この道違うぞ」
震える声で藤本が叫んだ。道に迷ったのだ。そんなバカなッ。迷うはずのない道で・・・。
俺はもう泣きながらすっかり動転して、それでもハンドルだけはしっかり握っていた。
藤本の彼女はもう手をたたきながら足を踏み鳴らして、涙を流さんばかりにゲラゲラ笑っていた。

やがて三人の目の前の視界が急に開けてきた。目の前には岬が見える。吉沢さんが身を投げた岬だった。
そのとき、ラジオから急に『ガシャン!』と、受話器が叩き切られたような音が聞こえた。
その瞬間、俺はハンドルを取られた。
目の前に断崖が迫ってくる。俺は急ブレーキを踏んだ。目の前が真っ白になった。


561 :盗聴 9/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:31
気がつくと病院の中だった。
あとで聞いた話だが、どうやら車はスピンして、山側の崖にぶつかって止まったらしかった。
俺は長い間気を失っていたが、さいわい腕に軽い傷を負っただけで済んだようだ。
目の前のベッドに藤本がいた。足を骨折しているようだったが、命に別状はないようだった。
しかし、もはやそこにはあの好青年の面影はなく、
変わる前の藤本、いや、それよりももっと老け込んでしまったような彼がいた。
彼は死人そのもののような顔で、正面をじっと見つめたままだ。
「彼女は?」
俺はなぜ最初に、彼女のことを聞いたのか分からなかった。
少しの沈黙の後、彼はゆっくりと、だが視線はそのままで顔をこちらに向けた。
「ああ・・無事だ」
まるで抑揚のない声で言ったあと、人差し指でこめかみをゆっくりと指差しながら付け加えた。
「でもな・・・狂っている・・・」
俺は大きくかぶりを振った。
そしてなぜか、今すぐ彼女の病室に行かなければいけない気がして、俺は立ち上がって部屋を出ようとした。
そのとき、「待て」。
はっとするほど力強い声で藤本が呼び止めた。
俺は藤本のほうを振り向こうとしたが、なぜか振り向くのが怖かった。
「実は…まだお前には話していないことがある……」
藤本はポツリポツリと語り始めた。


562 :盗聴 10/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:36
藤本の話はこうだった。
「俺は吉沢さんの葬儀の前日に、彼女のアパートにいったんだ。何人か仲間も来ていた。
 彼女の部屋は、そのなんというか、実に彼女らしいというか、きちんと整頓されていて、
 別にわざわざ、俺たちが荷物を整理しに行かなくてもよかった」
藤本はここまで一気に話して、いったん大きく息を吸い込んでは吐き出した。
「テーブルの脇に一冊のアルバムがあった。多分死ぬのを覚悟してから見たんだろう。みんな泣いていた。
 そして、その反対側に電話があったんだ。
 俺が無線機で聞いたあの悲惨な会話…すべてこの電話で行われていたんだ。そう思うと俺も泣けてきてね。
 だけど次の瞬間、俺はあることに気がついて、めまいがしそうになった…」
俺はたまらず藤本の方を振り向いた。彼は今まで見たこともないような柔和な表情を浮かべていた。
「彼女の電話…コードレスじゃなかったんだよ。
 彼女はもちろん携帯も持ってなかったし、だいいち携帯とコードレスは周波数も違う。
 …じゃあ一体俺は、今まで何を聞いていたんだってな…」
俺の疑問は氷解した。でも、まだ胸につっかえるものがひとつ残っている。
気がつくと俺は、ゆっくり藤本の彼女の病室に向かっていた。その先に何か答えがあると思った。

彼女はそこにいた。
ベッドにちょこんと腰掛けて、片手で受話器を持つまねをして、楽しそうに壁に向かってしゃべっている。
俺は彼女に近づいて、うしろかっらそっと抱きしめた。もうその時は、彼女が吉沢さんだと確信していた。
彼女の声が吉沢さんの声になった気がした。
俺は泣きじゃくりながら、胸の最後のつっかえが消えていくのを感じた。
俺は吉沢さんを愛していたことに気づいた。

俺はしばらく意識を失っていた。そして、気づいたとき彼女はいなかった。
それ以降、誰も彼女を見た者はいない。

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