師匠シリーズ。
「『エレベーター』1/2」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?188
200 :エレベーター ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:52:46 ID:sx6grxVr0
「想像って、自発的なものとは限らないだろう。
ババ抜きの最後の2択で、片方だけ取り易いように少し出っ張ってたら、
そっちがババじゃないかって想像するよな。
なにかに誘発される想像もあるってことだ。
もし目に見えないジョーカーを、視覚以外のなにかで知覚したなら、それは想像の皮を被って現れるかも知れない」
もって回った表現だが、俺はそれを彼なりの警告と捉えている。
つまり、感じた恐怖を疎かにするなということなのだろう。けれど、あまり真剣には受け取っていない。
そんな想像をこそ妄想というのだろうから。
「で、どうする」
チッチッという音がして、石ころが舗装レンガの上を滑っていく。何人かの子どもがそのあとを駆け抜ける。
マンションの壁に遮られてその姿が見えなくなっても、
長く伸びた影だけが、何かの戯画のように蠢いて地面をのたうっている。
俺はそちらにゆっくりと歩いていき、声をかけた。
「このマンションの子?」
ギョッとした表情で全員の動きが止まる。6,7人いただだろうか。
小学校高学年と思しき一人が、疑り深そうな目で「なんですか」と言った。
「ちょっとききたいんだけど」と間を置かずに切り出して、
「このマンションのエレベーターで、何かおかしなことはないか」と訊いた。
一瞬顔を見合わせる気配があったが、おずおずと一人が代表して「知りません」と答える。
「エレベーターじゃなくてもいいけど、オバケが出るとかいう噂がないか」
重ねてきいていると、すでに後ろの方にいた何人かが、石ころを再び蹴飛ばして走り始めた。
代表の男の子もそちらに気を引かれてもじもじしている。
「何か変なものを見たとか、そういうこと聞いたことないかな」
男の子は気味の悪そうな顔をして、「ナイデス」と小さな声で何度か繰り返し、
すぐ後ろにいた子に、「おい、行こうぜ」とつつかれてから、クルリと背を向けて走り去っていった。
201 :エレベーター ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:54:31 ID:sx6grxVr0
「あ~あ」
友人がため息をついた。
「子どもはこういう話、好きそうなのに」と呟く。
「大人にも聞く?」と問う俺に、「う~ん」と気乗りしない返事をして、彼は傍らのブランコに足をかけた。
「苦手なんだよな。ここの人たち」
「どうして」
俺ももう一つのブランコに腰をかける。
キイキイと鎖を軋ませながら友人は、「オレの実家は田舎でさあ」と話し始めた。
隣近所はすべて顔見知りだったこと。
近所づきあいは得意な方ではなかったが、道で会えば挨拶はするし、食事に呼ばれることもあったし、
いたずらがばれて叱られたりもした。
良くも悪くも、そこでは人間関係が濃密だった。
けれど大学に入り、ここで一人暮らしを始めてから、隣近所の人との交流がまったく無くなっていること。
「最初は挨拶してたんだけど、反応がさ、薄いんだよね。
シーンとしてる狭い通路ですれ違っても、こう、会釈するだけ。
立ち話なんてしないし、隣の家の子どもが、二人なのか三人なのか知らないんだぜ、オレ」
友人の言いたいことは俺にも分かった。
俺自身、今のアパートに越してから、同じアパートの住人とほとんど会話を交わしていない。
学生向きの物件ということもあったが、生活時間もみんな違うし、隣の人の顔も知らない。
知りたいとも思わない。すれ違っても妙な気まずさがあるだけだ。
「無関心なんだよな」
友人はぼそりと言った。
そうとも。そして俺たちもそれに染まりつつある。
こんな風に密集して生きていると、みんなこうなっていくのだろうか。
ふと、高校の頃に習ったバッタの群生相の話を思い出した。
202 :エレベーター ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:56:58 ID:sx6grxVr0
「知らない住人とさ、エレベーターに乗り合わせたら凄く息が詰まるよ。
デパートのエレベーターならそれほどでもないのに」
顔を上げると、日が落ちて薄闇が降りてきたマンションの中へ、
顔も見えない誰かの後ろ姿が吸い込まれていくところだった。
キイキイという音だけが響く。
匿名だ。何もかもが匿名だ。匿名のままこの巨大な構造物の中を、無数の人々が影のように蠢いている。
そうして小一時間、無為にブランコを漕いでいた俺たちだったが、
あたりがすっかり暗くなり小腹も空いてきたので、もう帰ろうと腰を浮かしかけた時だった。
PHSに着信があり出てみると、俺にくだんの『目に見えないジョーカー』の忠告をした人からだった。
俺のオカルト道の師匠だ。
明後日行く予定の心霊スポットについての確認の電話だったが、
俺はついでとばかり、今居る場所とそのマンションのエレベーターについての噂を知らないかと聞いてみた。
『知らない』
そんなに期待した訳ではないが、
地元民でもないのにやたらとこういう話を仕入れている彼ならばひょっとして、と思ったのだ。
やっぱりね、というニュアンスの言葉で切ろうとしたのが気に障ったのか、詳しく話せという。
そこで俺は、友人の体験したいくつかの例や、今日あったことなどを手短に告げた。
師匠は少しの間押し黙ったあと、
『そのエレベーターのところで待ってて』と言って、電話を一方的に切ってしまった。
何か分かったのだろうか?
電灯に照らされたマンションの入り口へ歩く。
「何?誰?」と訊く友人に、「サークルの先輩」とだけ説明してかわす。
彼が何者かなんて、俺だって知りたいのだ。
205 :エレベーター ◆oJUBn2VTGE :2008/02/12(火) 00:05:31 ID:FukvotX90
コツンと靴の音が響く。
エレベーターの前に立つと不思議な感じがした。マンションという匿名の箱の中のさらに匿名の空間。
今閉じているこの扉の向こうに誰がいるのか俺は知らない。
階数表示の光だけが流れ、人の動きを想像する。
そこには本当に人がいるのか俺には分からない。いや、分からなくなった。
顔の無い幻影が彷徨うイメージが一人歩きしはじめた。
PHSの着信音に我に返る。等間隔に伸びる天井の電灯が通路を照らしている。
『お待たせ。色々書いてある表示盤は外にある?なかったら中に入って』
言われるまま友人を促してエレベーターの中に入る。
『操作盤の中か近くに、なんか色々書いてるシールかプレートがあるだろう。メーカー名はなんて書いてある?』
閉じそうになった扉を手でガードして、『開』ボタンを友人に押していてもらう。
「えーと、外国製っぽいです。どれがメーカー名だろ……」
どうやらこれらしいという文字を見つけて読み上げる。
師匠は電話口で笑いを堪えているような音を立てた。
『OK。じゃあ、もう一人の友だちに3階に行ってもらって』
師匠はいくつか指示を飛ばしてから、電話を切った。
俺たちは何が起こるんだろうという不安な気持ちで、それでも言うとおりにする。
1階に俺。3階に友人という布陣で、それぞれエレベーターの前の立った。
そして1階からエレベーターの中に乗り込んだ俺は、指示された通り、
中の操作盤で、5階と『閉』のボタンを2本の指で同時に押した。
それから、通話中にしていたPHSで、友人に「押した。そっちも押して」と言う。
打ち合わせ通り、友人も3階で下向き矢印のボタンを押したはずだ。
ほどなくして扉が閉まり始める。向こうの壁の模様が、やっぱり何かの顔に見えた。
シミュラクラ現象、シミュラクラ現象と、最近知ったばかりの心理学用語をお経のように頭の中で唱える。
206 :エレベーター ◆oJUBn2VTGE :2008/02/12(火) 00:06:56 ID:FukvotX90
ゆったりと箱が上昇する感覚があり、すぐに3階で停止するはずと身構える。
しかし、箱は3階では止まらず、5階のランプがついたところで静止し、扉が開いた。
夜風が侵入してくる。外には誰もいなかった。足を踏み出し、呆けたままの俺の残して背後で扉が閉じた。
階段を駆け上ってきた友人が、軽く息を切らせて通路の端から飛び出てくる。
「何だ今の。なんで通り過ぎるんだ」
「そっちこそ、ちゃんと3階でボタン押した?」
「押した。矢印のランプの点灯してたし」
まるきり友人が体験してきた怪現象の再現だ。
師匠から着信。
「ナンですかコレ」
声が上ずる俺に、師匠はバカバカしい、というような口調で『急行モード』と言った。
『外国製のエレベーターの中にはあるんだよ。こういう裏コマンドが』
このメーカーの物は、『閉』ボタンと目的階ボタンを同時押しすることで、
その後どこの階で呼び出しボタンが押されても、すべてキャンセルされるのだそうだ。
現在の階数表示を見上げると5階のままだ。この扉の向こうにまだ箱はある。
友人が3階で押した呼び出しボタンは無視されているのだ。
「ということは……」
『そう、そのマンションの連中は、それを知ってて普段から使ってるってこと』
そう言ってから最後に、『明後日遅れんなよ』と付け加えて師匠は電話を切った。
俺は今日あったことを思い浮かべる。
荷物を友人の部屋に置いて4階から下に降りようとした時、
上の方の階から箱が下りてきたのに、4階を素通りして1階まで行って止まった。
あの時、一緒にいた主婦は舌打ちをしていた。あれは急行モードを使った誰かに舌打ちをしていたのだ。
208 :エレベーター ラスト ◆oJUBn2VTGE :2008/02/12(火) 00:10:59 ID:FukvotX90
友人が先日、その主婦と乗り合わせた時、その時も彼女は舌打ちをしたという。
それは、他人が一緒に乗ったことで、急行モードが使えなかったことに対するイラ立ちだったのだろうか。
友人が体験したことを一つ一つ検証しても、すべてこの急行モードの存在で説明がつくようだ。
あっけなく解決してしまった怪現象の正体に、俺たちは拍子抜けして立ち尽くしていた。
目に見えない扉の向こうに怯えていたのが馬鹿らしくなってくる。
あの子どもたちも知っていたのだろうか。道理で話に乗ってこないはずだ。
きっと親から秘密にするように言われているに違いない。これ以上急行モードを知る人が増えないように。
そうだ。自分だけ知っていればいいんだ。他人が使う急行モードは迷惑なだけなのだから。
「オレ、やっぱり怖いよ」
友人がぽつりと言った。
他人を待たせても自分が便利ならそれでいいと思うその心理に、俺も背筋が寒くなる思いがした。
きっとそれは匿名だから。エレベーターの前で待ちぼうけを食わされる人が匿名だからだ。
誰だか知らない人を待たせる悪意。誰だが知らない人に苛立つ悪意。
そんなささやかな悪意がこのマンションに充満して、
それが俺たちの心をどうしようもなく暗く沈ませるのだった。
友人は2回生にあがる時、そのマンションから2階建てのアパートに引っ越した。
それまでの間、彼は階段しか使わなかったそうだ。
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